近年、経営やブランディングの場面で「パーパス(purpose)」というキーワードが盛んに語られるようになりました。「パーパス」とは日本語に直訳すると「目的」という意味ですが、ビジネスシーンにおいては「何のために会社があるのか」という企業の本質的な「存在意義」を指します。パーパス経営とは何か、パーパスを導入することで企業にどのようなメリットがあるかについて、実際の事例を交えつつ解説します。

パーパスとは

まずは、パーパスの意味やMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)との違いについて見ていきましょう。

パーパスが生まれた背景

いまや世界中の企業が注目するパーパス経営は、いつごろから広まったのでしょうか。

世界で最も早くパーパスを定めた企業のひとつと言われているのがP&Gです。P&G は1987年に、「自社製品に最高のクオリティーと価値を与え、世界中の顧客のニーズを満たすこと」というパーパスを掲げ、コーポレートブランディングの軸としました。以降、さまざまな企業でパーパスを重視した経営戦略がなされるようになりますが、背景にあるのは「変動的な世界情勢や経済的な不安から、社会に対して貢献したいと考える企業が増えたため」だと言われています。

2018年には世界最大の資産運用会社ブラックロックのラリー・フィンク会長兼最高経営責任者が、投資先企業のCEOたちに対して、「企業はパーパス主導でなければ長期的な成長を持続できない」とその重要性を語るまでになりました。

そんな、パーパスへの各企業の取り組みは、新型コロナウイルスの感染拡大によりさらに加速。世界規模のパンデミックによる衝撃は、「自分たちのやるべきこと、あるべき姿」について見つめ直す機会となり、リモートワークなどDXの推進による業務効率化の点においても、迅速な意思決定のために従業員が共通したパーパスを持つことが不可欠となりました。

また、「ミレニアル世代」と呼ばれる若い人々の台頭も、パーパス経営に大きな影響を与えています。20〜30代の若い人々は特に、企業に「ビジネスを展開する社会的意義」を強く求める傾向が高く、消費活動においてもパーパスを重要視しています。これはパーパスのない企業の商品等は今後彼らに受け入れられなくなっていく可能性を示唆しています。

これからの時代の企業は、パーパスを見直し、広くPRしていくことで、従業員の働く意欲を高め、消費者の共感を得ることが必要となるでしょう。

MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)との違い

パーパスが広まる以前は、同じような意味合いの言葉として「ミッション(Mission)」、「ビジョン(Vision)」、「バリュー(Value)」などが使われていましたが、それぞれの意図するところは異なります。

まず「ミッション」は、直訳すると「使命」や「任務」となり、企業に当てはめれば日々果たすべき役割と捉えることができます。

「ビジョン」は「展望」や「理想像」のこと。ミッションを遂行したことで実現した未来の姿を語る際に用いられます。「目標」や「ゴール」と言い換えてもいいかもしれません。

そして「バリュー」は、「価値」あるいは「価値観」を意味し、目標の実現に向けた企業や従業員の姿勢を表します。顧客やマーケットに、どんな価値を提供できるかといった際に設定されることが多いようです。

これらは、それぞれの頭文字を取り、「MVV」などと呼ばれたりもしますが、それぞれは単体ではなく、「独自のミッションの達成のためにはビジョンを実現することが大切で、そこにはバリューが欠かせないもの」というように一貫性を持って定められるべきとされています。

パーパスとMVVの違いとは?

パーパスとMVVは一見似ていますが、実は大きな違いがあります。

たとえばミッションなら、「企業として“何”をなすのか」という未来への展望が注目されますが、パーパスの場合は「企業が“なぜ”それを行うか」が問われます。パーパスは、あくまで社会に対しての姿勢であり、現在進行形で会社がある意味を見つめ直す言葉なのです。ビジョンやミッションを定める際の土台にパーパスがあれば、混迷を極める時代にも迷うことなく企業として成長していけることでしょう。

パーパス経営で叶うこと

では、パーパス経営により企業にはどのようなメリットがもたらされるのでしょうか。

パーパスを導入することで得られる企業側のメリット

企業価値の向上

パーパスに対して実直に取り組んでいる企業は、顧客やユーザーに信頼できる印象を与え、活動に対して共感を呼ぶことにもつながります。これにより、企業のブランディング効果も高まり、さらなる企業価値の向上が見込めるようになるでしょう。

従業員のモチベーションアップ

パーパスが有効に働くのは、ステークホルダーに対してだけではありません。自社の従業員のモチベーションアップにも大きな効果があります。例えば、仕事にやりがいを見いだせないまま働いている従業員にとって、パーパスは自分の存在意義を明確にし、会社における立ち位置にも気づくきっかけとなります。これにより、従業員の足並みが揃い、パフォーマンスも改善される可能性があります。また従業員全員が同じ方向に向かえば、組織の一体感が生まれ、アイデアを出し合ったり他の人の意見を受け入れたりしながら、企業の中に革新や変化が起こってくるはずです。

パーパスは、消費者はもとより、従業員や企業そのものにも良い影響を与え、さらなる成長を約束してくれる鍵となるのです。

従業員のエンゲージメントやモチベーション向上のためには「やりきること」が重要

パーパスは闇雲に設定するだけでは効果は得られません。もちろん、パーパス経営を持続的に行うことはこれからの企業にとって重要で、無視できることではありません。しかし、

そこに至るまでの道のりの長さを考えれば、パーパス経営というコンセプチュアルなメッセージだけでは不十分で、「パーパスを実現する具体的な取り組み」が行われてこそ、従業員らの意識に働きかけることができると考えられます。パーパスを掲げてすぐに効果が出るものではないことを十分理解した上で、企業が一丸となって取り組んでいくことが求められます。

パーパス・ウォッシュにならないために 企業がチェックしたい2つのこと

パーパスを掲げていても実態が伴わないことを、「パーパス・ウォッシュ」と呼びます。パーパス・ウォッシュに陥らないためには以下に注意することが必要です。

みんなが理解できる分かりやすい言葉になっているか

パーパスの設定においては「共感」を引き出す言葉が重要です。社員が何に「共感」しているかをパーパスで明確に示さなければ、具体的な取り組みが創出されづらくなります。そのためには何より、分かりやすい言葉で書かれている必要があります。根拠がない情報は入れない、事実を誇張した表現に気をつける、などのほか、言葉の意味が規定できないような曖昧な表現も避けるべきでしょう。

社外に向けたマーケティングメッセージではなく、社員の行動指針になっているか

パーパスは企業としての姿勢を表すものですが、単なるキャッチコピーになってはいけません。従業員ひとりひとりが内容を理解した上で、実現に向けて行動できるものであるべきです。たとえば、設定の前に社員にアンケートを実施し、事業についての価値観を共有したり、パーパスにふさわしいテーマを共に探っていく過程があったりしてもいいかもしれません。トップダウンで決定するのではなく、全社員が共感し、誇りを持って日々の業務にあたれるような言葉が求められています。

各企業のパーパス事例

実際にパーパス経営を行う企業の事例をいくつかご紹介しましょう。

国内事例

SONY

ソニーの掲げるパーパスは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」。

例えばコロナ禍でスタートした「Play At Home」イニシアチブは、同社の子会社のエンターテインメントコンテンツを生かした取り組みで、期間限定でのゲームタイトルの無料配信や、創作活動を行う小規模インディースタジオの支援を行なっているほか、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた世界中の人々の支援をするべく、日本円で約108億円の支援ファンド「新型コロナウイルス・ソニーグローバル支援基金」も設立しました。

富士通

「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」というパーパスを掲げる富士通では、環境・社会・経済により良いインパクトをもたらしていくために「パーパス・カーヴィング(Purpose Carving) 」という取り組みを開始。自分自身の生きるパーパスについて思いをめぐらせ、それを会社のパーパスと重ね合わせることで、未来に向けて何をしていくべきかについて考える機会を全社員に与えています。

海外事例

ネスレ

ネスレのパーパスは、「ネスレは、創業者アンリ・ネスレの精神を受け継ぎ、栄養を中心としたネスレの価値観に導かれ、食の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高める製品、サービス、知識を個人と家族の皆さまにお届けするためにパートナーとともに取り組みます」です。実現のための取り組みとして、自社の調理食品ブランド「マギー」を使った料理教室や、コーヒーのサステナビリティプログラムの実施等を行っています。

ナイキ

ナイキが掲げるパーパスは、「スポーツを通じて世界を一つにし、健全な地球環境、活発なコミュニティ、そしてすべての人にとって平等なプレイングフィールドをつくり出す」。さまざまな取り組みの中でも、米プロフットボールNFLの元選手であるコリン・キャパニック氏を起用した「Dream Crazy」キャンペーンが有名で、「何かを信じたら、たとえそれがすべてを犠牲にすることであっても、ためらわずやろう」というメッセージと共に、全世界に向け動画を配信し、大きな話題となりました。

まとめ

コロナ禍や地球規模の環境悪化などにより、今や世界中の企業が岐路に立たされています。そのような中で、会社自体が持続可能であるためには、利益だけを重視するのではなく人々の暮らしを支え、豊かにするようなパーパス経営が一層支持されていくことは必然です。企業が健全に成長し、従業員それぞれがやりがいをもって仕事に取り組むためにも、パーパスの設定及び見直しを進めてみてはいかがでしょうか。