企業が「そろそろ自社でも従業員に対して副業の解禁を検討したい」と思ったときに、事前に設けておきたいのが、副業ルールや制度です。しっかりとしたルールや制度を設けないまま見切り発車で進めてしまうと、後で撤回するのは難しいもの。あらかじめ、副業解禁によって起こりうるリスクや会社側のメリットとデメリットは把握しておきたいですよね。副業解禁による企業の失敗事例から、解禁前に定めておきたいルールを考えてみましょう。
副業解禁の現状と課題
「副業元年」と呼ばれた2018年からはや数年、実際のところの状況はどうなっているのでしょうか。副業を解禁している企業の割合や、企業と従業員が抱えている課題を解説します。
副業を解禁している企業の割合(業種別、企業規模別)
経団連が、経団連会員企業ほか487社を対象に実施した調査によると、副業・兼業を認めている企業は22%。業種別に見ると、情報通信業の副業解禁が圧倒的に多く52%となっているのに対し、学術研究・専門・技術サービス業では10%、サービス業に至っては0%の導入となっており、まだまだ副業の解禁は一部の企業、業界のみとなっている現状がうかがえます。
副業をしている会社員の割合(業種別、企業規模別)
副業をしている会社員の割合は、9.3%(株式会社パーソル「副業に関する調査結果(個人編)」の調査より)となっています。ただし、「副業をしたい」と考えている人を含めると、割合は40.2%まで増えます。現在はまだ副業を行っていないものの、多くの方が副業をしてみたいと考えていることが分かります。
副業解禁企業の本音(導入効果に対する評価・満足度)
では、実際に副業を解禁した企業の本音はどうでしょうか。リクルートが一般企業を対象に行った「兼業・副業に関する動向調査2020」によると、従業員の兼業・副業制度を導入した結果得られた効果について「従業員のモチベーションが向上した」と回答した企業は47.5%と、非常に高い効果が得られていました。兼業・副業の人事制度の導入を検討している企業の期待値が34.9%であることから考えると、期待を上回る効果があったことが分かります。
他にも、「従業員の収入増につながった」と回答した企業は44.4%、「従業員の定着率の向上や継続雇用につながった」と回答した企業は35.9%など、高い効果が生まれていることがうかがえます。
副業経験者の副業に対する満足度
続いて、副業をした従業員の満足度を見てみましょう。株式会社パーソルが行った「副業に関する調査結果(個人編)」の調査では、「視野が拡大した」と回答した方が44.6%、「自立性・自主性が高まった」と回答した方が35.1%となり、【成果意識・自立性向上】が図れたことが伺えます。
また、「新しいことを取り入れることに抵抗がなくなった(37.8%)」、「経験がないことにチャレンジする意欲が高まった(37.1%)」「変化を前向きに捉えられるようなった」などの【変化需要意識の向上】が図れたことが分かります。
副業兼業を認めている企業は22%程度とまだ全体で見ると少ないものの、導入による効果に関しては企業・従業員ともに高いことから、多くの会社にメリットがあると言えるでしょう。
ルール作りせずに開始して…? 企業に聞いた副業解禁の失敗談
副業解禁により企業側にも多くのメリットがあることは分かったものの、気になるのが「経営に悪影響を及ぼさないか」ということです。どのようなケースだと経営悪化を招くのでしょうか。
副業が解禁された後に問題を抱えることになった、とある企業で働く従業員の方にエピソードを聞きました。
■Aさんの場合
都内のWEBコンサル会社勤務。従業員規模は10名前後で、給与は歩合制。副業解禁前は、稼ぎたい人は仕事をたくさん受諾し、ワークライフバランスを保ちたい人は仕事量をセーブしつつ働くという仕組みが確立されていた。
「もともと副業が条件付きで容認されている会社だったのですが、その条件は“同じ業務を副業で扱わないこと”でした。例えば、飲食店などでアルバイトをする副業は認められているのですが、弊社の事業とバッティングするような、WEBサイトの制作手伝い、コーディング、デザインなどは禁止されていました」。
しかし、直近でたまたま独立する社員が相次いだことから、社長が今以上の労働力の流出を止める目的で「同業種の副業を認める」と発表。昨今の副業解禁の時流もあり、社長自身も「副業を認めない会社=時代遅れ」と感じていたのでは、とAさんは指摘します。
そこからAさんの会社は大きく変わることになります。
「まず、稼ぎ頭だったベテランのコンサルタントが、会社に来た新規の仕事を断るようになったのです。理由は、副業経由で割のいい仕事が殺到したため。もともと歩合制の会社で、どの仕事をどの程度やるかは本人の意思に委ねられていたので、会社側も強くは言えない状況でした。また、別のコンサルタントで会社の仕事を減らさずに副業も引き受けていた人がいたのですが、明らかに会社の方の手を抜いていて、会社の仕事へのモチベーションが下がっているのがわかりました」。
結果的に、1年ほどして稼ぎ頭だったベテラン社員の数名が退職。副業が解禁されたことで、独立の土台固めができてしまったのでは、と指摘します。
「他にも、得意なジャンルがあるコンサルの独立もありました。副業解禁で、専門分野のスキルを高めた結果、専門分野の仕事が多く舞い込むようになり、その道一本でやっていけると判断できたためではないでしょうか」。
結果的に、会社に残ったのは「お世辞にも優秀とは言えない社員と、仕事量をセーブしつつ働きたい時短社員だけ」とAさんは言います。
「社長は典型的なワンマンタイプで、あまり求心力がない人だったことも影響していると思います。『この人と一緒に働きたい』という人は、今まで見たことありませんでしたから(笑)。あと、自分で副業を解禁しておきながら、副業に対していい顔をしなかったんです。そのため社員は副業を隠すようになり、社員間で『手がいっぱいで受けられない副業を同僚に紹介する』なんてことも起きていました。
この会社をこうしていきたいというビジョンの共有もなかったので、みんなが会社を『単なるお金を稼ぐ場』だと認識してしまったと思います。お金を稼ぐだけの場であれば、会社に所属する意味はかなり薄れるので、辞める社員が相次いでも仕方ないかなと思います」。
副業解禁時、会社が気をつけたいこととは
リクルートが公開した「兼業・副業に関する動向調査2020」によると、副業を認めている企業のうち73.2%が、兼業・副業を行う際の条件やルールを設けていると回答しています。Aさんの働く企業の場合、このルール作りがうまくできていなかった可能性があります。
企業は、副業・兼業に対してどのような課題を抱いているのでしょうか。もっとも高かったのが、「労働時間の管理・把握ができない」ことで、50.3%もの企業が回答しています。
Aさんの働く企業の場合、副業を解禁した結果、もともと高くなかった社員のロイヤリティやエンゲージメントがさらに低下したことが指摘できますが、同じように「会社へのロイヤルティ低下」に課題を感じると回答した企業は20.2%でした。
では、これらの課題を解決するために、企業では具体的にどのようなルールを設けているのでしょうか。
まずは、報告ルール。「人事や上司、産業医に、定期的に兼業・副業を報告する場を設けている」と回答した企業は48.2%にのぼります。厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」に「副業・兼業を行う労働者を使用する全ての使用者は、労働時間を通算して管理する必要がある」と記載がある通り、企業は副業先の就労時間を把握する必要があることからも設けておきたいルールと言えます。
また、エンゲージメントの低下は、活力・没頭・熱意が低下することによって引き起こされます。それを防ぐためには通算時間の把握に加え「自社へのモチベーション・ロイヤリティが可視化できる仕組み(32.8%)」の導入も良い取り組みと言えそうです。
例えば、従業員エンゲージメントサーベイ「パルスアイ」は、従業員のエンゲージメントやモチベーション、従業員満足度を可視化できるツール。さまざまな視点から会社や個人の課題を把握することができます。
副業は簡単にスタートできてしまうため、職務専念義務・秘密保持義務・競業避止義務などがあることを知らず、従業員が違反行為をしてしまう場合もあります。また、副業での年間所得が20万円を超えると確定申告が必要になることを知らず、後々になって「聞かされていなかった」と問題に発展する可能性も。「兼業・副業に関する説明会をおこなっている・おこなったことがある(22.0%)」という回答がありますが、こちらも有効な方法と言え流でしょう。
副業解禁にはメリットも! 従業員満足度が向上した事例
「副業解禁企業の本音」でも述べた通り、副業兼業制度の導入を上手に行うことで、従業員満足度を向上させることも可能です。従業員側が語った、いくつかの回答をご紹介します。
「東京で勤務しながら、故郷の地域活性事業の手伝いをしています。内容は、イベント用SNSの運用やサイト作成などですが、本業と比べて業務の範囲が広く、営業や広報の仕事をすることもあります。本業だとなかなかタッチできない領域についても学びながら行えるので、できることが増えている実感はあります」(人材紹介/ディレクター職)
「会社を退職した先輩から、デザインの仕事の依頼を受けています。会社を通すと高くなってしまうことから副業で受けることにしたのですが、お世話になった先輩の相談を断らずに済んだのがうれしかったです」(IT/デザイン職)
「広告関係の副業をしたことがあるのですが、工数に対して費用感が安く、仕事の内容もあまり楽しいものではありませんでした。『他社はこんな仕事も受けているのか』と思い、結果的に自分の会社って割といいんだなと認識を改める機会につながりました」(広告代理店/営業)
まとめ
政府の働き方改革により、身近なものとなった副業・兼業。まだ自社の従業員に対して副業を解禁していない企業の場合、「解禁して問題は起きないのか」が気になるところですが、しっかりとした手順を踏めば、従業員の満足度を上げることにつながります。まずは自社にあったルール作りから始めてみてはいかがでしょうか。