EV業界の覇者として長年君臨し続けてきたTESLA(テスラ)。一時は潰れそうな時期がありつつも、起死回生を果たし、その株価も圧倒的な成長を続けてきました。自動車メーカーの中では、自動車販売台数世界1位のトヨタ自動車を抑え、TESLAが時価総額世界1位です。今回は、そんなTESLAとイーロン・マスクに焦点を当て、テスラの人事制度とエンゲージメント施策、企業文化について調査しました。

目標管理制度 (Goal Management)

テスラでは、企業ミッション「持続可能エネルギーへの移行を加速する」に沿って野心的な目標が掲げられ、それを社員一人ひとりや各チームの目標に落とし込んでいます​。イーロン・マスクCEO自らが挑戦的な数値目標を設定することも多く、たとえば電気自動車「Model 3」の量産立ち上げ時には週産5,000台という厳しい目標を掲げ、社員に長時間労働も辞さない努力を求めました​。こうした高い目標は社員にとってプレッシャーである一方、世界を変える仕事に携わっているという使命感がモチベーションにつながる面もあります​。

目標の設定方法としては、部署やチームごとにKPI(重要業績評価指標)やOKR(Objectives and Key Results)が定められており、大多数の社員は自分の部署の目標を明確に把握していると報告されています​。これらの目標は個人目標とチーム目標の両面で設定され、四半期や年次の業績評価で達成度が確認されます。実際、テスラでは成果達成にフォーカスした文化が根付いており、社員は絶えず高い基準に向けて努力し続けることが求められています​。

評価制度 (Performance Evaluation)

業績評価は半年ごと(年2回)のサイクルで実施されており、各社員はその期間のパフォーマンスについて1〜5のランク付け評価を受けます​。この評価制度は北米を含むグローバル全社で行われており、社員が自分の職務に期待される水準に対してどの程度貢献できたかを示す指標となっています​。評価期間中、マネージャーは部下の成果や課題に対してフィードバックを提供し、特に業績が基準に満たない場合は改善を促します​。評価サイクルの終了時には上司と1対1の面談を行い、直近半年(または1年)の達成事項や改善点を振り返ります​。この面談を通じて目標達成度が確認され、次期の目標設定やキャリアプランについても議論されます。

テスラの評価制度は成果主義が徹底しており、高評価を得た社員には昇給・昇格や株式付与など報酬面で報いが与えられます​。一方、低評価が続いた社員には退職勧告がなされる場合もあり、実際に評価サイクル終了後に十分な改善が見られなかった一部社員が解雇されています​。このようにテスラではパフォーマンスに厳しくメリハリをつける人事運用を行っており、「毎期ごとに低業績者を排除するランク・アンド・ヤンク(rank-and-yank)的な手法に近い」と指摘する声もあります​。もっとも、テスラ自身はこの評価プロセスを公平かつ継続的なキャリア機会の提供につなげていると説明しており、2020年以降99%以上の社員に対して定期評価を実施することで社内公募・昇進の機会が増加するなど成果を上げていると報告しています​。

報酬制度 (Compensation and Rewards)

給与体系は、テスラ独特の高リスク・高リターン型となっています。基本給(ベースサラリー)は同業他社(自動車業界やハイテク企業)と比べて低めに抑えられる一方、株式報酬(RSU=譲渡制限付株式など)の付与が手厚い構成です​。これはテスラの成長・株価上昇によって将来的に大きな報酬を得られる可能性を提示するもので、社員にも会社の成功にコミットする「真の信奉者(ファナティック)」を求める文化と表裏一体です​。実際に社内の給与データによれば、米国の正社員(時間給労働者を除く)約13,000人の基本年収は職種によって約3.5万ドルから32.4万ドルという非常に幅広いレンジに及んでおり​、高位の技術職でも基本給のみでは同業他社より低めですが、その分全社員に株式が付与され将来のリターンに期待する構造になっています​。

テスラでは賞与(ボーナス)は職種によって異なるものの、一般的な年間業績ボーナスは必ずしも標準的ではありません。ある内部調査では全社員の42%しか年次ボーナスを受け取っていないとの報告もあります​。営業・販売部門ではかつて四半期ごとの販売台数目標の達成に応じて基本給の25%相当のボーナス(現金またはストックオプション)が支給されていましたが、2022年にこの四半期ボーナス制度は廃止され、代替措置として該当社員の基本給が一律12.5%引き上げられました​。この変更により、一部の販売現場社員にとっては総報酬が以前より減少する結果となりましたが​、テスラは給与を固定費として安定させる戦略を取った形です。昇給については、年間0~4%程度のメリット給(業績に基づく昇給幅)が一般的で、インフレ補正などは行われないとの社員声もあります。このようにテスラの報酬制度は株式による将来報酬と成果主義を重視しており、短期的な高額給与よりも長期的視点で会社の成長と社員の利益共有を図る特徴があります。

研修制度 (Training and Development)

テスラでは即戦力志向が強く、新入社員に対しては入社時オリエンテーションで基本的な研修(例えばハラスメント防止や製品知識など)は行われるものの​、その後の業務習得は実践を通じたオンザジョブトレーニングに委ねられる傾向があります。社員によれば「研修プログラムはほとんどなく、未経験のことも自力で即座に習得することを求められる」​といった声もあり、特に本社部門では体系立てた教育より自ら学び成果を出す自己裁量が重視される文化です。一方で、テスラは将来の人材育成や技能習得支援のためのプログラムも複数展開しています。

「Tesla START」プログラムはサービス技術者向けの集中的訓練コースで、全米の専門学校や大学と連携し約12週間のカリキュラムを通じて電気自動車の整備に必要な高度な知識・技能を教え、修了後にはテスラのサービスセンターでの就職をサポートしています​。また、「Manufacturing Development Program (MDP)」と呼ばれる製造部門の人材育成制度もあり、高校卒業したての若者を対象に大学授業の奨学金支援と工場での実地研修を組み合わせた2年間のプログラムを提供しています​。MDP参加者は所定の大学コース履修と現場経験を積んだのち、「テスラ先端製造認定資格」を取得して正社員の生産オペレーター職に就くことができます​。このプログラムでは受講中から給与が支払われ、福利厚生や株式持分も付与されるため​、働きながらスキル習得とキャリア構築が可能です。実際にMDP出身者が社内で技術者としてキャリアアップしている例も紹介されており、製造現場の次世代リーダー育成につなげています​。

社内の継続学習支援としては、リーダーシップ開発DEI(ダイバーシティ・公正・インクルージョン)研修に力を入れており、全米の従業員に対し無意識の偏見を理解する講座やインクルーシブなチーム運営に関するオンラインコースを提供しています​。また新入社員向けガイドブックを導入して社内ルールや価値観の周知を図るなど、社員がテスラの文化に迅速に適応できるよう工夫もされています​。もっとも、エンジニアリング分野などでは最先端の技術変化が激しく、「学習は日々の業務の中に埋め込まれている」といった考え方も浸透しています。元テスラのラーニングディレクターであるBeth Davies氏は、旧来型の教室研修よりもモバイルラーニングや必要な時に即座に学べるマイクロラーニングが重要になってきており、テスラのような現場では日常業務そのものが研修の場になりつつあると指摘しています​。このようにテスラでは、形式ばらない実践重視の学習文化と、将来の人材基盤を作るための戦略的な研修プログラムが併存していると言えます。

エンゲージメント施策 (Employee Engagement)

テスラは社員のエンゲージメント向上に向け、ミッション共有・オープンなコミュニケーション・福利厚生の充実といった施策に取り組んでいます。最大のモチベーション源はやはり「世界の持続可能エネルギーに貢献する」という強い使命感であり、社員たちは自らの仕事が地球規模の課題解決に直結していることに誇りを感じています​。ある社員は「世界を変えつつある会社で働ける機会は刺激的でやりがいがある」と述べており​、このミッションドリブンな文化自体が高いエンゲージメントを生む原動力となっています。

社内コミュニケーション面では、テスラは従来型の縦割り組織よりもフラットで率直な対話を重視します。公式のキャリアページでも「社内の官僚的ヒエラルキーを撤廃し、開かれた協働環境を築いている」と謳っており、才能と情熱のある者には誰でもテーブルにつける文化だとしています​。実際、イーロン・マスクは社員向けメールで「用件は上司の許可を得ずに、必要な人に直接伝えよ」と明言しており、部署をまたぐ連絡も最短経路で行うよう奨励しています​。上司を介さない直接コミュニケーションは社員の裁量と当事者意識を高める効果があり、問題解決のスピード向上につながっています​。この方針は徹底しており、「もし直属の上司が社内の情報伝達にチェーン・オブ・コマンド(階層指揮系統)を強要するようであれば、そのマネージャーには他所で働いてもらうことになる(本気だ)」とマスクが警告するほどです​。こうしたトップダウンではないボトムアップの意見発信が許容される風土は、従業員にとって自分も会社の成功に貢献できるという参画意識(エンゲージメント)を高める要素となっています。

福利厚生や働きやすさの面では、テスラは社員とその家族に対し医療・歯科・視力保険、401(k)年金プラン、そして十分な有給休暇を初日から付与しています​。また柔軟な勤務スケジュール(フレックス勤務)の提供や社内フィットネスリソースの整備など、社員のワークライフバランスや健康増進を支える施策も掲げています​。従業員向けの製品割引(テスラ車やグッズのディスカウント)や、優れた障害保険、育児休業制度なども充実していると報じられています​。これらの福利厚生は社員の安心感を高め、仕事に集中できる環境作りに寄与しています。

しかし一方で、テスラのエンゲージメント施策には課題も指摘されています。最大の懸案は長時間労働とワークライフバランスの問題です。テスラは公式には柔軟な働き方をうたうものの、マスク氏自身がリモートワークに否定的であり、2022年には「リモート勤務はもはや容認しない」とする社内メールを送りつけ、最低週40時間はオフィスに出社するよう全社員に要求しました​。マスク氏は「出世する立場の人ほど職場で姿を見せるべきだ。自分が工場に寝泊まりして現場とともに働いたからこそ、テスラは破産せずに済んだ」とまで述べており​、ハードワークを厭わない姿勢を強く求めています。また「1週間に80時間、場合によっては100時間を働かなければ世界は変えられない。40時間では誰も世界を変えられなかった」とも公言しており​、実際にモデル3増産の追い込み時にはマスク氏自身が週120時間働き「社員全員も一時期は100時間労働をしていた」と語っています​。こうした文化の下では仕事優先で私生活との両立が難しいケースが多く、社員の口コミでも「ワークライフバランス」は5点中2.7点と低く評価されています​。従業員エンゲージメントの観点では、この長時間労働体質が社員の燃え尽き(バーンアウト)や士気低下を招くリスクがあり​、テスラもその解決に向けて模索を続けている部分です。例えば、人員を増やして一人当たり負荷を減らす施策や、部署間異動によるモチベーション向上策などが考えられますが、実現にはマスク氏の考え方の変化も必要かもしれません。

とはいえ、テスラの社員の多くは過酷な環境を受け入れつつも高い誇りと熱意を持って働いています。匿名掲示板などでは「テスラで働くのは高ストレス・高速ペースだ。皆本当にハードに働き目標を達成している。誰にでも向いている職場とは言えない」といった声もある一方​、「厳しいが履歴書にテスラでの経験を書けるのは名誉」という意見や、チームの一体感・プロダクトへの情熱を評価する声も聞かれます​。テスラ自身も社員の満足度を注視しており、Glassdoor(就職口コミサイト)での社内満足度指標は改善傾向にあると2021年のインパクトレポートで述べています​。実際には社員からの評価は賛否両論で、2018~2019年頃には業績悪化やレイオフの影響で同サイトでの評価が低下したものの​、その後業績V字回復に伴い再び持ち直しています。CEO(マスク氏)に対する支持率も、一時は50%台まで落ち込みましたが​、近年は60~70%程度まで改善したとみられます。

企業文化と社内ルール (Corporate Culture & Internal Rules)

テスラの企業文化はイーロン・マスクの強烈なリーダーシップによって形作られており、「成果第一主義」「スピード重視」「イノベーション志向」そして「現状打破」がキーワードとして挙げられます。マスク氏は常々「型破りであれ」と社員に求めており、社内には常に現状を改善・革新するために疑問を持ち、行動せよという雰囲気が醸成されています​。その象徴として、マスク氏は社内ルールについても独自の哲学を示しています。彼が社員に送った有名なメールでは、非効率なルールや慣習は徹底的に排除するよう指示がなされました。具体的には、「大規模で頻繁な会議は時間の無駄だからやめよう」「価値を生んでいない会議だと分かったら途中で退席して構わない」「専門用語や略語の多用は禁止(いちいち説明が必要な言葉はコミュニケーションを阻害する)」といった具合です​。さらに、「社内の情報伝達は最短距離で行い、チェーン・オブ・コマンドにとらわれるな。これを破るマネージャーはすぐにクビだ」と明言し​、「非常識な社則があれば従わずに常識を通せ。おかしなルールは変えてしまえ」とも述べています​。これらの社内ルールは平たく言えば**「常識と論理を優先し、官僚主義に陥るな」というメッセージであり、急成長する企業であるテスラが大企業病にかからず俊敏さと闘志を維持する狙い**があります。社員にとっては厳しい要求も多い反面、理不尽な手続きや遠回りを強いられることは少なく、自分の裁量で動ける自由度が高い環境とも言えるでしょう。

また、テスラでは組織構造がフラットであることも特徴です。公式にもヒエラルキーを嫌う方針が示されていますが​、実際に「肩書きよりも成果が尊重される」「役員クラスでも現場に飛び込んでくる」といった社風があります。マスク氏自身、工場で寝泊まりしながら製造ラインに立ち会った逸話は有名で​、トップが率先して現場主義を体現することで社員にも高いコミットメントを求めています。これは裏を返せば「経営陣も犠牲を払っているのだから、社員も最大限努力せよ」というプレッシャーとも受け取られますが、その分現場の声が経営陣に届きやすい風通しの良さにもつながっています。先述のように社員は必要とあらばCEOに直接メールを送って提案や問題提起をすることさえ容認されており​、上下関係よりも目的達成が優先される文化です。

テスラの文化はハードであるがゆえに人を選ぶとも言われます。高速で働き成果を出せる「コア人材」にはやりがいのある職場ですが、適応できない人には厳しく、結果として離職率が高いという指摘もあります​。実際、従業員口コミには「人手不足で常に忙殺される」「研修もなく、ちょっとしたミスで解雇されることもある」といった不満も散見され​、マスク氏や会社への盲目的な忠誠心を要求する“カルト”的風土だと批判する声も一部には存在します​。2018年頃には度重なる長時間残業やトップの強権的なやり方に嫌気がさし、社員満足度が低下したとの報道もありました​。他方で、熱狂的なテスラファンでもある優秀な人材を引きつける磁力は依然強く、求人には毎年数十万人規模の応募が殺到する人気企業でもあります​。社内には「多少給与が低くてもテスラで働きたいという情熱を持った人だけ残ればよい」という考えが浸透しており​、採用プロセスも非常に厳選的(技術職で9回以上の面接を経るケースも)で、テスラ文化に馴染める“ダイハード”な人材を見極めることに注力しています​。このようにマスク氏のビジョンに共感し、自発的にハードワークできる人だけが生き残る独特の企業文化が築かれている点は、テスラの人事制度全般に色濃く影響しています。

総じて、テスラの米国における人事制度はスタートアップ的な機動力と大企業的な制度を併せ持ち、エンゲージメント施策も型破りなアプローチが見られます。明確な目標設定と厳格な評価・報酬によって高い業績を維持する一方、社員の情熱と創意工夫を引き出す文化づくりにも力を入れています。直近の情報では、テスラはこうした独特の人事施策をさらに洗練させることで、優秀な人材の確保と定着、そして持続的なイノベーション創出につなげようとしているようです。社員からのフィードバックを踏まえつつ、今後どのように制度改良が進むか注目されます。

参考資料: テスラ公式IR・採用情報、社員口コミ(Glassdoor等)、ニュース報道・分析レポート​