2025年3月14日、「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律案」が閣議決定され、「ストレスチェック」がすべての企業に義務づけられる方向性となりました。
ストレスチェックとは、労働者のストレスの状況を把握し、メンタルヘルス不調の未然防止を目的とした検査です。今までストレスチェックは、労働安全衛生法に基づき、従業員50人以上の事業所を対象に年1回実施することが義務づけられていましたが、今後は、実施対象が従業員50人未満の小規模な企業にも広がることになります。今国会で改正法が成立すれば、公布から3年以内に施行される予定なので、2028年までに義務化されることになりそうです。(参考記事)
なお、管轄する厚生労働省は「(今度、実施対象として広がる)中小企業が円滑にストレスチェック制度に対応できるよう、負担に配慮し、必要な支援等を実施する」と発表しており、十分な準備期間と支援体制を整備した上で、施行に移していきたいという考えのようです。(参考URL)
というわけで、今まで義務化対象外となっていた中小企業の経営者や人事部長向けに、ストレスチェック制度の実態と注意すべき運用上のポイントをまとめてみました。
ストレスチェック制度とは
ストレスチェック制度は、職場におけるメンタルヘルス不調の予防を目的として2014年の労働安全衛生法改正により創設され、2015年12月から施行された制度です。企業が従業員に対して定期的にストレスに関する検査(質問票への回答)を実施し、各人に結果を通知して自分のストレス状態を自覚させるとともに、必要に応じて職場環境の改善につなげることが主な目的とされています。具体的には、常時50人以上の労働者がいる事業場では年1回のストレスチェック実施が法律上の義務となっており(50人未満の事業場では努力義務)、産業医や保健師などの「実施者」が検査を行います。検査結果は本人に直接通知され、労働者の同意なく事業者(会社側)へ結果を提供することは禁止されています。これは従業員が安心して正直に回答できるようにするための配慮で、実施者および実施事務従事者には守秘義務が課せられています。
労働安全衛生法に基づき、50人以上規模の事業者は毎年1回のストレスチェック実施とその後の措置が法律上求められます。高ストレスと判定された従業員から面接指導(医師面談)の申出があった場合、会社は産業医などによる面談の機会を提供しなければなりません。この面談の結果に基づき、必要に応じて労働時間の短縮や配置転換など労働環境の配慮措置を講じることも企業の責務です。また、ストレスチェックの集団集計・分析や職場環境の改善措置は法令上「努力義務」と位置付けられており、義務ではありませんが効果的な活用が推奨されています。例えば部署ごとのストレス傾向を集計し、職場ごとの課題を把握して対策を検討するといった取り組みです。こうした一連のプロセス(チェックの実施~結果通知~面接指導~職場環境の改善)を通じて、社員のメンタル不調を未然に防ぐことがストレスチェック制度の狙いです。
ストレスチェック制度導入の背景
職場のメンタルヘルス対策強化の必要性が高まった背景には、働く人のストレスや精神疾患の増加があります。厚生労働省の調査によれば、仕事や職業生活に関して強い不安・悩み・ストレスを感じている労働者の割合は2021年時点で53.3%と半数を超えており、2022~2023年には「感じる」と回答した人が8割以上にのぼるなど高い水準が報告されています。過労やハラスメントによるうつ病発症・自殺といった深刻な事案も社会問題となり、実際、仕事上の強いストレスが原因で精神障害を発病したとして労災申請される件数は年々増加傾向にあります。厚労省のまとめでは、2022年度の「強い心理的負荷による精神障害」の労災請求件数は2,683件と過去最多を更新し、うち自殺(未遂を含む)が183件に上りました。こうした状況を受け、従業員のメンタルヘルス不調を**未然防止(一次予防)**する取り組みとしてストレスチェック制度が導入された経緯があります。
ストレスチェック制度の目的は、「労働者自身のストレスへの気づきを促し、職場環境の改善につなげてメンタルヘルス不調を未然に防止すること」にあります。この目的を達成するため、企業には単に検査を実施するだけでなく結果を活用した積極的な対応が求められます。具体的には、社員が安心して検査を受けられる環境整備(プライバシー保護の徹底)、高ストレス者への適切なフォロー(産業医面談の実施と就業上の配慮)、さらに集団分析の結果を踏まえた職場環境の見直しなどが重要です。職場のメンタルヘルス対策は労働者の健康管理のみならず企業の生産性向上やリスク管理にも直結する重要課題であり、社員のメンタル不調による休職・離職が増えれば企業にとって大きな損失となります。そのため昨今では従業員の健康管理を経営課題として戦略的に取り組む「健康経営」の考え方も広がりつつあります。ストレスチェック制度は法律上の義務であると同時に、こうした健康経営の一環として職場環境の改善や従業員の働きやすさ向上に役立てるべきものと位置付けられています。
ストレスチェック制度の運用実態
労働安全衛生法の改正から時間が経ち、ストレスチェック制度は多くの企業で定着しつつあります。実施義務のある従業員50人以上の事業場では、およそ8割強(81.7%)がストレスチェックを実施しているとの調査結果があります(2023年、厚労省「労働安全衛生調査」)。義務対象であるにもかかわらず未実施の企業が2割弱存在する点は課題ですが、大企業ほど実施率は高く、従業員300人以上では約98%とほぼ全ての事業場で実施されています。一方、努力義務にとどまる50人未満規模の小規模事業場では実施率が低く、全体では3割台後半(34.6%)にとどまります。特に本社などの支援がない独立系の小企業では実施率が7.5%と著しく低い水準でした。このように、社員数の少ない職場ほどストレスチェック導入が遅れている実態が指摘されています。政府は未実施の小規模事業者への支援強化を図っており、2027年までに50人未満事業場の実施率50%以上を目標に掲げていたのですが、その実効性をさらに高めるために、今回、労働安全衛生法を再改正し、50人未満の事業場にも実施義務を拡大することにしたのです。
ストレスチェックを実施している企業内での状況を見ると、まず多くの企業で受検率(従業員の回答率)はおおむね高水準です。ある調査では「受検率90~100%」の事業場が全体の約半数を占めたとの報告があり、制度が定着して従業員にも浸透している様子がうかがえます。ただしチェックの結果、「高ストレス者」と判定される従業員の割合は事業場によってまちまちで、多くの職場では全従業員の5~10%程度が該当するとされています。しかし実際に医師面接を申し出る人の割合はごく少数で、全社的に見ると高ストレスと判定された人の中で面談を希望する人は5%未満にとどまる事業場が全体の約75%を占めました。このことから、チェックで「高ストレス」と判定されても必ずしも全員が面接指導を受けているわけではなく、本人の希望や会社内のフォロー体制によって対応状況が分かれる現状があります。
中小企業におけるストレスチェック制度の活用状況は企業によって様々で、上手く機能させて労務改善につなげている例もあれば、形骸化してしまっている例も見られます。ある調査によれば、従業員100~500人規模の中小企業経営者のうち実に55.7%が「自社のストレスチェックの取り組みは十分に機能していない」と感じていることが明らかになりました(下図)。また、ストレスチェックを外部委託している場合でも、「委託先から提示される職場環境の改善提案が不十分だ」と感じる経営者が61.6%にのぼり、多くの中小企業で「実施しただけでその後に活かせていない」という停滞が起きている実態が浮き彫りになっています。

図1:「あなたの会社で実施しているストレスチェックは十分に機能していないと感じたことがありますか?」への経営者回答(従業員100~500人の中小企業106社対象調査)出典: 株式会社アドバンテッジ リスク マネジメント調査レポート
一方で、ストレスチェックを上手く活用し労働環境の改善につなげた成功事例も報告されています。例えば株式会社明電舎 沼津事業所では、当初ストレスチェックの受検率が伸び悩んだため、従業員目線で問題点を洗い出しました。その結果、それまで使用していた検査ツールの操作性が悪く最後まで回答しない従業員がいることが判明し、スマートフォンやタブレットからも回答しやすいツールに変更したところ受検率が約5ポイント向上し96.1%に達しました。従業員の負担を減らす工夫で参加率を上げた成功例です。また埼玉県教育局では、実施前に管理職らへの説明会を開いて目的やスケジュールを周知し、実施後にも結果の読み解き方や各職場での取り組み事例を共有する事後説明会を行う運用を定着させています。事前・事後の丁寧な説明と情報共有によって社内の理解を深め、職場環境の改善活動につなげた好事例と言えます。さらに、東京都のある中小企業ではストレスチェック義務化以前から自主的に毎月1回のセルフチェック制度を導入し、社員が日頃から自身のメンタル状態を点検する文化を根付かせました。その結果、「体調不良時に『ただの風邪ではなく心の状態が原因かもしれない』と社員自ら気付けるようになった」といい、年1回の制度実施に留まらず日常的なメンタルヘルス意識向上に成功しています。
一方、失敗事例や課題も参考になります。よくあるケースの一つは、従業員の回答率が低迷して十分なデータが得られない問題です。忙しい時期に実施したため回答期間内に間に合わなかったり、周知不足で受検しない社員が多かったりする場合ですが、これは実施スケジュールの工夫や事前周知の徹底で改善が可能です。また、社員が本音で回答していないケースも失敗につながります。例えば「結果の扱いに不安があり正直に答えてもらえない」ことが考えられ、会社側が情報保護を徹底し匿名性を保証していても、それが従業員に十分伝わっていなければ信頼を得られません。実際には万全の運用をしていても従業員がそれを認知していなければ意味がないため、プライバシー保護の周知が欠かせません。さらに、結果の活用ができていない例も失敗と言えます。「チェック結果は出たものの具体的な対策に結び付けられない」「集団分析を実施しなかったため職場の問題点が見えてこない」など、せっかく実施しても職場の改善アクションに繋がっていなければ宝の持ち腐れです。「やりっぱなしで機能していない」状態に陥らないよう、次章で述べる運用上のポイントを踏まえた対応が重要です。
ストレスチェック運用上のポイント
中小企業でストレスチェック制度を効果的に運用するためには、以下のような課題に対するポイントを押さえておく必要があります。
- 課題1: 受検率が上がらない – 忙しい時期と重なり回答しない従業員が多い、面倒がられてしまう、といった理由で実施しても十分な回答が集まらない場合があります。 対策: 実施時期を選定し、可能なら業務が落ち着いた時期に行います。また事前に検査の目的や意義を説明して協力を促し、リマインドを行うことも有効です。検査方法も社員にとって手間が少ない形に工夫しましょう。例えば前述の明電舎の事例のように、スマホ等から手軽に回答できるWebツールを採用することで回答率向上が期待できます。
- 課題2: 従業員が本音で回答しない – プライバシーへの不安や、人事への遠慮から、実際のストレス度より軽く回答してしまうケースです。その結果、組織として実態を正確に把握できなくなります。 対策: 匿名性の確保と周知徹底が最重要です。法的にも本人の同意なく結果を事業者が見ることは禁じられており、その点を社内に明確に伝えましょう。実施は産業医など社外の専門家や信頼できる外部機関に委託し、会社の上司や人事担当者が個人の結果を閲覧できない仕組みを保障します。小規模事業場では産業医がいないため情報管理が難しい場合もありますが、「原則として外部委託で実施する」のが望ましいとされています。その上で「結果は本人にのみ通知され、会社には匿名集計されたデータしか提供されない」ことを従業員に周知し、安心して回答してもらえる環境を整えます。
- 課題3: 実施しただけで活用しない – ストレスチェックの結果を集団分析せず放置したり、高ストレス者がいても声掛けやフォローが無かったりすると、せっかくの取り組みが社員の信頼を失います。 対策: 結果の分析とフォローアップを計画的に行います。集団分析は努力義務とはいえ、実施事業場の85.0%が実施しているとのデータもあるように、現在では一般的なプロセスです。部署ごと・属性ごとにストレス傾向を分析し、問題が浮き彫りになれば産業医や有資格者の意見を聞きながら職場環境の改善計画を立てます。例えば「長時間残業が一部部署で突出している」「上司のサポートが弱いと感じている社員が多い」といった課題が見えたら、勤務体制の見直しや管理職研修の実施など具体策につなげます。また個人フォローとしては、ストレス度の高かった人に産業医面談の希望を募るだけでなく、人事担当者や産業カウンセラーによる声かけ面談を行ったり、外部のカウンセリング窓口を案内したりすることも有効です。特に従業員規模の小さい会社では、産業医面談のハードルが高い場合に地域産業保健センター(産業保健師等による無料相談窓口)の活用も選択肢となりますjil.go.jp。重要なのは、「チェックして終わり」ではなく結果から課題を見つけ改善策を実行するサイクルを回すことです。
- 課題4: 継続的な運用ができない – 初回は実施したものの、次年度以降は忙しさや担当者不在で行わない、といったケースです。 対策: 経営層のコミットメントと担当者の配置が欠かせません。法令上は毎年1回の実施が義務ですので、経営トップが重要性を理解し優先度を下げないようにすることが必要です。担当部署(人事労務や安全衛生担当など)を明確にし、実施時期が近づいたらスケジュールを決め社内告知するなど、ルーティン業務として定着させましょう。外部サービスに委託している場合も、結果報告後のフォローまで含めて毎年パッケージで依頼すると運用負荷が軽減します。
実施後のフォローアップ: ストレスチェックは実施して結果を出すこと自体が目的ではなく、その結果を踏まえたフォローアップにこそ真価があります。フォローアップで重要なポイントをまとめると以下のとおりです。
- 高ストレス者へのケア: 面接指導の対象となった従業員への対応は迅速かつ丁寧に行います。産業医からの意見聴取の結果、就業上の配慮が必要とされた場合は人事権者も交えて勤務負荷の軽減策を講じます。該当者以外にも、「最近調子はどう?」と声をかけやすい職場風土を作り、社員がメンタル不調を相談しやすい雰囲気を心がけます。
- 職場環境の改善: 集団分析で浮き彫りになった職場の問題については、職場ごとに話し合い改善策を実施します。業務量の調整、配置転換、人間関係改善のためのコミュニケーション施策など、取り組みは職場の状況に応じ様々です。小さな会社ほど社員同士で率直に話し合う機会を持つことが効果的で、「月に一度みんなで職場の状況についてざっくばらんに話し合う」「朝礼で簡単なストレスセルフチェックを行う」といった取り組みを継続している例もあります。こうした日頃の職場環境改善活動自体がメンタルヘルス対策になり得ると専門家も指摘しており、特別なことではなく身近なことから着手するのが大切です。
- 外部リソースの活用: 自社内にメンタルヘルスの専門知識が不足している場合は、無理に抱え込まず外部の力を借りましょう。産業医や産業カウンセラー、メンタルヘルス相談機関などとの連携を図ります。社員の相談先として外部のEAP(従業員支援プログラム)やカウンセリング窓口を契約する企業も増えており、中小企業の経営者・役員の約8割が「問題が起きる前に相談できる窓口は有効だ」と感じています。専門家による客観的なアドバイスや支援を得ることで、社内リソース不足を補いながら継続的なメンタルヘルス対策を進めることができます。
専門家のコメント: 職場のメンタルヘルス対策に詳しい専門家は、中小企業であっても「身の丈に合ったやり方で構わないので、まずはできることから始めること」が重要だと強調します。メンタルヘルス対策支援の実績がある石見氏は、「従業員数が少ない中小企業ならではの、その企業の事業内容や職場風土に合った対策を考えることが大事です。そのためにまずやるべきことは、社員全員で職場環境について話し合う機会を設けること」と述べています。少人数の職場だからこそ一人ひとりの感じている問題点が見えやすく、日頃からみんなで意見を出し合うことで改善の糸口がつかめるという指摘です。「実は意識していなくても職場環境を良くするために行っていた活動が、いわゆるメンタルヘルス対策になっているケースもあります。そんなに難しいことではないんですよ」ともコメントしており、特別な知識や大掛かりな施策でなくとも日常の職場改善こそが従業員の心身の健康維持につながるとしています。
以上のように、ストレスチェック制度を有効に活用するためには単なる義務対応にとどめず、従業員の声を拾い上げ職場にフィードバックしていく姿勢が欠かせません。中小企業の経営者にとっては、従業員のメンタルヘルスを守ることが人材の定着や生産性向上にも直結する重要な経営課題です。ぜひ本稿で紹介した実態や事例、運用上のポイントを参考に、自社のストレスチェック制度の運用を見直し、「形だけ」ではない実のあるメンタルヘルス対策へと発展させてください。社員が安心して働ける職場づくりに向けた継続的な取り組みこそが、中小企業の持続的発展につながる土台となるでしょう。
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参考文献: 厚生労働省「こころの耳」ポータルサイトの解説資料/労働政策研究・研修機構の報告/産業保健専門誌の調査データ/民間企業による中小企業実態調査/
