Nature Human Behaviour誌において、「リモートワークが企業における社員間コラボレーションに与える影響(The effects of remote work on collaboration among information workers)」という研究論文が公開されました。この研究論文は、米国マイクロソフト社の従業員約6万人を対象に、実際の従業員間のコミュニケーションデータを分析し、全社的なリモートワークが従業員間のコラボレーションとコミュニケーションに与える影響を考察したものです。

日本においても、コロナ禍によりリモートワーク(テレワーク)が広く普及し、通勤時間の削減による生産性の改善や、ワークライフバランスの向上が歓迎される一方で、本質的に企業が生み出すアウトプットへの悪影響があるのではないかという懸念がありました。この論文は、その疑問に対する解を得るために有効な考察を得ることができますので、本記事ではそのポイント(概要)をご紹介したいと思います。(尚、詳しく内容を把握したい方は、原著をお読みください)

全社的なリモートワークにより、コラボレーションの質が低下する

新型コロナウイルスは、多くの情報系ワーカーにフルタイムのリモートワークへの急激な移行をもたらしました。ここでは、米国マイクロソフト社の従業員61,182人の2020年上半期の電子メール、カレンダー、インスタントメッセージ(IM)、ビデオ/音声通話、勤務時間などの豊富なデータを用いて、全社的なリモートワークがコラボレーションとコミュニケーションに与える因果効果を推定しました。その結果、全社的なリモートワークによって、従業員のコラボレーション・ネットワークがより静的でサイロ化し、異質な部分をつなぐような機会が少なくなったことがわかりました。さらに、同期的なコミュニケーションが減少し、非同期的なコミュニケーションが増加しました。これらの効果が相まって、従業員がネットワーク上で新しい情報を獲得したり共有したりすることが難しくなっていると考えられます。

影響1:同期的なコミュニケーションは減少し、生産性が低下する可能性がある

会社全体のリモートワークは、同期的なコミュニケーションの減少をもたらしたが、非同期的なコミュニケーションの増加ももたらしました。従業員が利用するコミュニケーションツールは、同期的なものが減っただけでなく、電子メールやチャットなどの「リッチ」なものも減りました。このようなコミュニケーションメディアの変化により、従業員は複雑な情報を伝え、処理することが難しくなったのかもしれません。

全社共通のリモートワークに移行したことで、週当たりの労働時間が増加したことも、同期コラボレーションに対する全社共通のリモートワークの負の効果をより顕著にしています。週労働時間の増加は、従業員の生産性が低下し、仕事を完了するためにより多くの時間を必要としたこと、あるいは通勤時間の一部を仕事時間に置き換えたことを示している可能性があります。

影響2:コラボレーションネットワークのサイロ化が進む

全社的なリモートワークに移行したことで、コラボレーションネットワークのサイロ化(=蛸壺化)が進み、正式なビジネスユニットを横断したり、マイクロソフトのインフォーマルなコラボレーションネットワークの構造的な穴を埋めるような結びつきが少なくなり、それらのサイロがより密に結びついたことが示唆されました。さらに、ネットワークの固定化が進み、月ごとに追加・削除される絆の数が減少しました。これまでの研究では,このようなコラボレーションパターンの変化が、知識の伝達を妨げ、労働者の生産物の質を低下させる可能性が示唆されている。

影響3:長期的なイノベーションに悪影響を与える可能性がある

従業員のコラボレーションやコミュニケーションのパターンに見られる効果が、生産性や、長期的にはイノベー ションに影響を与えると考えています。しかし、多くの分野において、企業は短期的なデータのみに基づいて恒久的なリモートワークポリシーの採用を決定しています。因果関係のない分析に基づいて意思決定を行う企業は、最適ではないポリシーを設定する可能性があります。例えば、恒久的なリモートワーク政策を選択した企業の中には、労働者が協力したり情報を交換したりすることがより困難になることで、自らを不利な立場に追いやる(=企業として競争力低下を招く)可能性があリます。

リモートワークの組み込み方は工夫が必要

企業全体のリモートワークの因果効果を推定するだけでなく、我々の調査結果は、ミックスモードやハイブリッドワークなどのリモートワークポリシーの取り決めが、企業の期待通りに機能しない可能性を示唆しています。例えば、特定のチームが特定の日にオフィスに出社したり、ほとんどの社員または全員が特定の日にオフィスに出社し、それ以外はリモートで仕事をするようなハイブリッドワークの実施を検討することが有効であると考えられます。また、特定のタイプの労働者(たとえば、個人の貢献者)だけがリモートで働くことができるような取り決めも考えられます。