エンゲージメント経営とは社員と企業における信頼関係の構築を重視した経営です。終身雇用が崩れ、人材の流出リスクが高まる中で、エンゲージメント経営は離職率の低下や労働生産性の向上に役立つとして注目されています。
一方で、エンゲージメント経営を自社にどのように取り入れていけばよいかわからないと考えている経営者も少なくありません。
そこで今回は、エンゲージメント経営の基本と、海外のエンゲージメント経営の導入事例について紹介します。自社でエンゲージメント経営を実践する際の参考にしてください。
エンゲージメント経営とは?
エンゲージメント経営は社員と企業の信頼関係を高めることで円滑な企業経営をおこなう手法です。しばしば従業員満足度と混同されがちですが、両者には大きな違いがあります。まずは、エンゲージメント経営の基本について解説します。
エンゲージメントとは?
エンゲージメントとは「約束」などの意味を持つ一方、歯車などが「噛み合う」といった意味もあります。後者のニュアンスが転じて、人材の領域においては従業員と企業が信頼関係で結びついている状態を意味します。
エンゲージメントを高めれば、従業員は企業に高い愛着心を持つため、企業のために行動するようになるとともに、企業から離れにくくなります。エンゲージメントを高めることで経営者はより安定した企業経営が可能になるのです。
エンゲージメントと従業員満足度の違い
エンゲージメントと似た概念としてイメージされがちなのが従業員満足度ですが、両者には大きな違いがあります。
従業員満足度は、企業が従業員が自社の待遇や環境に満足しているかを確認するもの。つまり、企業から従業員に対する一方的な評価となります。対して、エンゲージメントは企業と従業員双方の結びつきで成り立つものです。
従業員満足度を高めても、そこには信頼関係があるとは限りません。そのため従業員の満足につながっている要因(給与や労働環境など)が崩れると、たちまち満足度が下がり離職、や労働生産性の低下などにつながるリスクがあるのです。
一方で、エンゲージメントを構築しておけば、従業員は企業を信頼して働いているため、一時的な環境変化があったとしても離職や労働生産性の低下といった悪影響が抑制されます。ただし、従業員と適切な信頼関係を構築するためには、普段から従業員との信頼関係を高める組織経営が欠かせません。
このような信頼関係を維持・強化することを重視した経営が、エンゲージメント経営なのです。
エンゲージメント経営の定義
エンゲージメント経営や従業員と企業の信頼関係を構築し、両者の結びつきの強化を重視する経営手法です。適切なエンゲージメント経営がおこなわれている企業では、企業と従業員それぞれが次のように行動することで、自然と企業経営が円滑に進んでいきます。
- 企業:従業員が企業で活躍し、また従業員からの信頼を得るべく必要な投資を行ったり、従業員に働く価値を提供する
- 従業員:企業に対して愛着を持ち、企業の発展のために自発的に業務に取り組む
このような関係性を構築するうえでは、従業員に対する「経済的報酬」と「感情報酬」双方に目を向けることが大切です。
- 経済的報酬:金銭・地位・福利厚生など
- 感情報酬:周囲からの賞賛・ビジネスや企業への共感・自身の成長など
感情報酬について何が重視されるかは個々人によって異なり、また環境によっても変化します。そのような中で企業は自社の魅力を高め、従業員に対して企業独自の感情報酬を提供できれば、それが信頼関係のつながるのです。
ここで高めるべき企業の魅力は、大きく次の4つに分類されます。
- Philosophyの魅力:企業が持つ価値観や理念、経営ビジョンなどの魅力
- Professionの魅力:事業内容や仕事内容、そこから得られる達成感や成長、発見などから得る魅力
- Peolpeの魅力:企業の仲間とともに働くことで得られる魅力。価値観や考え方の共有、切磋琢磨しあえるライバルの存在など
- Privilegeの魅力:企業のステータスや名誉のほか、自分の望む生き方をサポートしてくれるなど「企業に属するからこそ」得られる特別な待遇への魅力
これらをうまく組み合わせて他社にはない魅力を従業員に提供することが、エンゲージメント経営においては大切なのです。
エンゲージメント経営に注目が集まる背景
日本の企業経営においては近年になってエンゲージメント経営の注目度が高まってきています。従業員の離職を防ぐ効果があることに加え、業績にもポジティブに作用することから、エンゲージメント経営を取りいる企業が増えてきているのです。
労働市場と働き方の変化
日本の労働市場や働き方の変化がエンゲージメント経営の導入を加速させる一つの要因となっています。具体的には次のような変化により、従業員の定着が企業のる重要課題になってきているのです。
- 日本の労働力人口の減少
- 終身雇用の崩壊
- スキルを活かした働き方の多様性の向上
次の図が示すように、少子高齢化の中で労働力人口の減少が見込まれています。企業サイドから見れば、今後労働力=従業員の確保が難しい世の中になると想定されることから、従業員を安定的に定着させることがより大切になってきているのです。
労働力人口と労働力率の見通し
2016年のみ実績。2020年以降は、男女別、年齢5歳階級別の労働力率を2016年と同じとして算出(75歳以上は2016年の75歳以上の労働力率を75~79際の労働力率とし、80歳以上はゼロとして算出)。総務省「労働力調査年報(2016年)、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(2017年4月推計)よりみずほ総合家研究所作成。
また、終身雇用の崩壊もエンゲージメント経営の機運向上に影響しています。これまでは企業が定年まで雇ってくれるとの期待感が、従業員を定着させる要因として作用していました。しかし、終身雇用が期待できなくなった現代では、従業員は企業を信頼できなくなると、柔軟に別の職場を探すようになっています。
最後に、働き方の多様性が拡大したことも要因となっています。現代ではフリーランスや専門職など、より自分のスキルを活かして柔軟に働き方を選択できる時代になりました。そのためスキルに自信がある社員を定着させるためには、お互いの信頼関係を構築することが不可欠なのです。
以上のように、従業員を定着させる必要性が高まっている一方で、より従業員が流出しやすい雇用環境となったことで、従業員と企業の信頼関係を築くエンゲージメント経営の重要性が高まっているのです。
従業員エンゲージメントが業績と離職率低下に作用
従業員とのエンゲージメント強化は、業績に好影響が出ると考えられています。従業員が企業を信頼し、企業にとってプラスになるよう一人一人行動するようになることで、労働生産性などが向上するためです。
以下の研究では従業員のエンゲージの高さをES(エンゲージメントスコア)で指数化したうえで、企業の営業利益率との相関を測定。すると、両者には正の相関が見られ、ESが高い企業は営業利益率が高い傾向にあることがわかりました。
営業利益率とES(エンゲージメントスコア)の関係性
また、リンクアンドモチベーション社が傘下の企業に対して、同様にESと離職率の関係性を調査したところ、エンゲージメントの高いと離職率が低下傾向となることも確認されています。
ESスコアと離職率の相関性
以上のように企業の業績向上や離職率の改善などの観点から、エンゲージメント経営は企業にプラスの効果をもたらすものであるため、近年日本の企業でも盛んに導入がすすめられているのです。
海外のエンゲージメント経営における先進事例
日本でもエンゲージメント経営の導入を検討する企業が出てきていますが、どのように導入すればよいか迷っている企業や経営者も少なくないようです。
そこで、ここではよりエンゲージメント経営が進んでいる海外の事例について紹介していきます。
海外におけるエンゲージメントの定義とは?
まずは、捉え方が難しいエンゲージメントが、海外においてどのように定義されているのか見てみましょう。
例えば、米国のギャラップ社では従業員エンゲージメントを「組織に対して強い愛着を持ち、仕事に熱意を持っている状態」と定義しています。また同社では「労働力(従業員と同義と捉えてよいでしょう)の仕事との結びつきを強めることが、業績向上に役立つ」との考えのもと、従業員とのエンゲージメントを重視しています。
また、英国のCIPD(The Chartered Institute of Personnel and Development)で「単なるモチベーションではない仕事への満足度を上回るもの」とエンゲージメントを捉えています。そしてそれは「組織」や「組織の存在価値」へコミットする意識と、同じ組織に属する同僚を助けようとする意欲の組み合わせによって成り立っているとしています。
このようにエンゲージメントとは、個人が企業組織に対して抱く愛着や熱意、コミットメントであり、組織全体でエンゲージメントを強めることが、チームワークの強化、強いては企業の業績向上に役立つと考えられているのです。
エンゲージメント経営の事例①Google
世界でもエンゲージメント経営の面で特に先進的な企業の一つがGoogleです。同社では従業員が働きやすく、また自然とGoogleのためにイノベーションを引き起こしてくれる環境を構築しています。
Googleでは従業員の自主性を最大限尊重しており、イノベーションを起こす上で役に立つ労働環境を提供しています。また、労働時間の20%を「クリエイティブ」な活動に充てることが可能。この時間は締切に囚われることなく、自分のアイデアを好きに試すことができるのです。
従業員に自由で働きやすい環境を整えることで、従業員が自主的にGoogleのために働いてくれるようになる仕組みを作っているのが、Googleのエンゲージメント戦略です。
そのほかGoogleのピアボーナス制度もエンゲージメント経営としては注目すべき取り組みです。これは各社員が仕事などを通じて賞賛したいGoogle社員に対して、ボーナスを送るものです。
ピアボーナス制度はこれまで正当な評価が難しかった裏方職種の評価を高めるとともに、承認欲求を満たすことで従業員のモチベーション向上や組織の連携強化につながっています。組織や働くメンバーの魅力向上を通じて、エンゲージメント向上に役立っているのです。
エンゲージメント経営の事例②スターバックス
スターバックスもまたエンゲージメント経営を重視する企業ですが、従業員をビジネスに積極的に巻き込もうとするスタンスが、スターバックスのエンゲージメント経営の特徴です。
スターバックスでは本国9600人もの店長が一同に介する「リーダーシップラボ」というイベントを開催。企業のトップマネージャーとともにスターバックスの商品やリーダシップや顧客サービスなどを学びます。そこで、スターバックスの経営に従業員それぞれが関与していることを明確にすることで、エンゲージメントを高めているのです。
スターバックスは従業員のエンゲージメントを高めるうえで次の4点が重要であると考えています。
- Treat each store like a small business(それぞれの店舗を中小企業と捉える)
- Make employees feel like part of the larger mission(従業員それぞれが大きな使命達成に関わっていると認識させる)
- Be creative with training sessions(トレーニングを通じて創造性を高める)
- Develop a mission statement that matters(ミッションステートメントを作成する)
4点目のミッションステートメントは、従業員が企業と目指すべき方向性を共有し、ミッションを達成するために必要なものであるとして、スターバックスではリーダーシップラボを経て実際に作成されました。
以上のようにスターバックスでは従業員を企業経営に巻き込みで、仕事に使命感を与えることで従業員との信頼関係を形成しているのです。
エンゲージメント経営の事例③アディダス
最後はより実用的な手法について紹介します。アディダスではパルスサーベイという手法を通じて、従業員のエンゲージメントを把握しています。
パルスサーベイとは従来の従業員調査よりも少ない設問数で短時間実施されるもの。その代わり、月次など比較的多頻度で実施しやすく、より従業員の現状を正確にトラック可能です。
もともとアディダスはパルスサーベイを顧客満足度の調査に活用していましたが、従業員のエンゲージメント強化に課題を感じ、従業員エンゲージメントの調査に応用し始めたのです。
アディダス社ではパルスサーベイを月次で実施。モバイルで5分程度で回答できるように、自由回答および10段階でのレベル選択の回答形式の設問となっています。
例えば、
「アディダスグループで働くことをどの程度薦めたいか?」
「アディダスの一番よいところは?」
「アディダスの改善すべきところは?」
といった具合です。
回答後は即時に集計結果を確認できる仕組み。リアルタイムなフィードバック配信することで、企業が従業員の意見をしっかり吸い上げているという信頼を従業員から獲得しています。
調査結果をもとに、従業員の職場に対する愛着や信頼の度合を数値でスコアリング。また、月毎に企業が重視する価値観の中から独自の評価項目が与えられます。コラボレーション、自信、クリエイティビティ、ダイバーシティーなど、その時々で企業組織において課題になっていることがらが盛り込まれます。
このような取り組みによってアディダスは高頻度で従業員のエンゲージメント状況を評価したうえで、エンゲージメント改善に必要なアクションを検討しています。
エンゲージメント経営の先進事例を積極的に取り入れよう
労働者人口の減少や終身雇用の崩壊などにより、日本企業においては従業員の定着が企業経営における重要課題になってきます。従業員を定着させ、労働生産性を向上させるうえでは、従業員と企業の信頼関係を高めるエンゲージメント経営が有効です。
まだ日本では事例が少ないエンゲージメント経営ですが、今回紹介したように海外では豊富な事例が存在します。これらを参考にして、従業員が強いエンゲージメントを持てる企業組織を構築していきましょう。