近年、企業経営において多様な人材を活かす「ダイバーシティ推進」が重要性を増しています。特に中小企業にとっては、女性やシニア、外国人、障がい者など幅広い人材の活用が、人手不足の解消や新たなアイデア創出につながり得ます。また、職場の多様性は企業イメージを向上させ、取引先や顧客からの評価につながるメリットもあります。一方で、多様な社員が共に働く中では価値観の相違から誤解や対立が生じる可能性もあり、対応を誤ればハラスメント問題や法令違反といったリスクを招きかねません。ダイバーシティ推進を進める中小企業経営者は、メリットを最大化しつつリスクを最小限に抑える戦略が求められます。
ダイバーシティに関連する主要法規の整理
日本の関連法規
日本では、職場の多様性に関わるいくつかの法律が整備されています。主なものは以下のとおりです。
- 男女雇用機会均等法(1985年制定、以降改正): 採用・配置・昇進などでの性別による差別を禁止し、妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止を定めています。また事業主に対し、セクシュアルハラスメント防止のための雇用管理上の必要措置を講じる義務も課しています(例えば就業規則への方針明記、相談窓口の設置など)。違反企業には是正指導が行われ、従わない場合は企業名の公表といった措置が取られる仕組みです。
- 労働施策総合推進法(パワハラ防止法)(2019年改正法成立): 職場でのパワーハラスメント防止措置を企業に義務付けました。大企業では2020年6月から、中小企業では2022年4月から施行され、企業はパワハラを防止するため就業規則整備、研修実施、相談体制の設置などの措置を講じなければなりません。悪質なパワハラによる労使トラブルは労働審判や訴訟に発展する可能性があるため、企業にとって法的リスクの高い分野です。本法には違反時の直接罰則はありませんが、厚生労働省からの是正勧告に従わない企業名の公表や、報告拒否に対する過料(最大20万円)規定があり、中小企業でも注意が必要です。
- 女性活躍推進法(2016年施行、2019年改正): 職場における女性の活躍を促進するため、大企業に一般事業主行動計画の策定・公表等を義務付けてきましたが、2022年4月からは従業員101人以上の中小企業にも行動計画の策定と女性管理職比率などの情報公表が義務化されました。違反に対する罰則はありませんが、所定の報告を怠ると是正指導や企業名公表の対象となります。また、本法に基づく優良企業認定(えるぼし認定等)制度もあり、中小企業が取引や採用面で有利になるインセンティブとなっています。現状では、中小企業の約6割が女性管理職比率5%以下と低水準で、法の目標(30%以上)との差が大きいため、対応が求められています。
- 障害者雇用促進法(1960年制定、1976年改正施行): 障がい者の雇用機会を促進するため、一定規模以上の企業に法定雇用率以上の障がい者を雇用する義務を課しています。現在、民間企業の法定雇用率は2024年4月から2.5%に引き上げられており、従業員40人以上の企業が対象です(2026年7月には2.7%へ段階的引上げ予定)。規模が満たない中小企業は義務の適用外ですが、対象企業で未達成の場合、1人当たり月5万円程度の納付金を徴収される仕組みがあります。障がい者雇用は企業の社会的責任としても重視されており、中小企業でも助成金を活用しながら雇用に取り組む例が増えています。
- LGBTQ+関連法: 2020年代に入り、性的マイノリティに関する法制度も進展し始めました。2023年6月には「LGBT理解増進法」が成立し、国や地方公共団体、企業に対しLGBTQ+への理解促進に努めることを求めています。この法律は理念法であり罰則規定はありませんが、企業に対しては社内研修の実施や相談体制整備など「努力義務」を明示しました。また、職場のハラスメント指針では性的指向や性自認に関する嫌がらせもパワハラの一種として注意喚起されています。現時点で日本にはLGBTQ+に対する包括的な差別禁止法はなく、当事者からは法整備の遅れを指摘する声もあります。しかし多くの自治体でパートナーシップ制度が導入され、企業でも性的指向・性自認を理由とする不当な扱いを禁止する社内規程を設ける動きが広がっています。
主要海外地域のダイバーシティ関連法規
海外に目を向けると、国や地域によってダイバーシティ関連法制度のアプローチは様々です。ここでは米国、EU、中国を中心に概要を整理します。
- 米国: 差別禁止に関する法制度が最も早く整備された国の一つです。雇用における基本法は1964年制定の公民権法(Title VII)で、人種・肌の色・宗教・性別・出身国を理由とする差別を禁じています。これには男女の機会均等のみならずセクシュアルハラスメントの禁止も含まれ、近年では性的指向や性自認による差別も「性別の一種」として違法と解釈されました(2020年の連邦最高裁判決により明確化)。さらに、障害者については障害をもつアメリカ人法(ADA, 1990年)で合理的配慮の提供義務が定められ、高年齢者については雇用における年齢差別禁止法(ADEA, 1967年)があります。米国では従業員数15人超の事業主に差別禁止が適用され、違反すると被害者からの訴訟により多額の損害賠償責任を負う可能性があります。またEEOC(雇用機会均等委員会)という行政機関が企業への是正勧告や救済を行います。一方、積極的に多様性を高める措置として、一定規模の政府契約企業にはアファーマティブ・アクション(積極的改善措置)が義務付けられ、少数派人材の採用・昇進計画を策定する必要があります(近年、教育分野では人種に基づく選考への司法判断がありましたが、雇用分野の取組は維持されています)。州レベルでもカリフォルニア州のように給与の人種・性別別情報開示や取締役会の多様性要件(※取締役の女性割当は州裁判所で無効判断あり)を定める動きがあり、全体として企業の法的義務は日本より厳格と言えます。
- EU(欧州連合): 加盟各国はEU指令に基づく法整備を行っており、包括的な差別禁止法制が整っています。職場の多様性に関しては、2000年前後に雇用均等指令・人種平等指令が制定され、加盟国は性別・人種・民族・宗教・障害・年齢・性的指向に関する雇用差別を禁止する国内法を整備しました。例えばイギリスの平等法(2010年)やドイツの一般均等待遇法(2006年)など、複数の属性にわたる差別禁止を一括して規定する法律が各国に存在します。EUではハラスメントも差別の一形態として法的に禁止されており、職場のセクハラ・いじめに対する被害救済制度が整っています。さらに近年は企業役員の男女比や賃金格差是正に関する規制も強化されています。EU全体では2022年に**「取締役会における女性比率40%」を目標とする指令が成立し、上場企業に対して2026年までの目標達成を加盟国法で義務付けました(従業員250人未満の中小企業は対象外)jetro.go.jp。未達成企業には罰金などのペナルティ規定を各国で定めることになります。また2023年には給与の透明性指令**も採択され、企業に男女の賃金差を開示・是正する義務を課す予定です。このようにEUではダイバーシティ推進を法令で後押しする動きが活発で、フランスでは取締役の女性比率が45%超になるなど、法規制が実際の多様性向上に寄与した例もみられます。
- 中国: 経済発展に伴い、人権や労働分野の法整備を進めています。雇用に関しては労働法(1995年)や就業促進法(2007年)で性別や民族などによる差別禁止が謳われていますが、現場レベルでの差別は依然課題となっています。近年注目すべき進展として、2023年1月施行の改正「女性権益保障法」があります。この改正により、中国では募集・採用時における性差別的な取扱いを具体的に禁止しました。例えば「男性限定募集の禁止」「女性の結婚・出産状況に関する質問禁止」「妊娠検査の内定条件禁止」などを明文化し、違反行為には労働当局が是正命令や罰金を科せるようになりました。また、企業は女性従業員と契約を結ぶ際に「結婚や出産を理由に不利益扱いしない」旨の条項を含めることが義務付けられ、妊娠・出産・育児休業を理由とする解雇や降格を禁止する規定も強化されています。さらに同改正法に基づき、関係省庁が企業向けに職場におけるセクシャルハラスメント防止制度ガイドラインを策定し、企業が就業規則でハラスメント禁止規定や相談窓口を設けることを奨励しています。ハラスメント防止については中国初の民法典(2021年施行)にも条文が盛り込まれ、雇用主が従業員からの申告に適切に対処し防止策を講じる責任が明記されました。障がい者の雇用に関しては、中国でも各地方政府が一定割合(おおむね1.5%前後)の障がい者雇用を企業に求め、不足分に対し納付金を課す制度を運用しています。総じて、中国では法令上は差別禁止や多様性推進の枠組みが整いつつありますが、実効性の確保が課題とされます。もっとも、都市部の外資系企業を中心にダイバーシティ研修やハラスメント対策を導入する動きも徐々に広がっています。
法制度の比較
以上の日本と主要国・地域の法制度を比較すると、義務の範囲や厳しさに違いがあります。以下の表に各地域の特徴をまとめます。
地域・国 | 主なダイバーシティ関連法規と内容 | 義務の厳しさ・罰則 | 最近の動向(施行時期) |
---|---|---|---|
日本 | ・男女雇用機会均等法(性差別禁止、セクハラ防止義務) ・女性活躍推進法(行動計画・情報公表義務) ・パワハラ防止法(ハラスメント防止措置義務) ・障害者雇用促進法(法定雇用率制度) ・LGBT理解増進法(理念法、理解促進の努力義務) | ・差別禁止やハラスメント防止は主に指導・勧告が中心(罰金など刑事罰は限定的) ・是正勧告に従わない場合の企業名公表や、報告拒否時の過料など行政措置あり ・障害者雇用未達成には**納付金(罰金的徴収)**あり | ・パワハラ防止措置義務:2022年4月から中小企業にも適用 ・女性活躍推進法改正:2022年4月に中小にも義務拡大 ・障害者雇用率:2024年4月に2.5%へ引上げ ・LGBT理解増進法:2023年6月成立(罰則なし) |
米国 | ・公民権法Title VII(人種・性別等の差別禁止) ・ADA法(障がい者差別禁止と合理的配慮義務) ・ADEA法(高齢者差別禁止) ・各州法(LGBTQ差別禁止や独自の義務) ・連邦政府契約におけるアファーマティブ・アクション | ・違反に対する罰則が厳しい(被害者からの訴訟で高額賠償リスク) ・EEOCによる調停・訴訟提起もあり ・意図的差別には懲罰的賠償も認められる場合あり ・企業に積極是正措置を求める場合も(特定事業者) | ・LGBTQ差別禁止:2020年判決で連邦法解釈に明確化 ・一部州で給与透明化法(求人で給与開示義務等)が2021年以降施行 ・取締役会多様性義務:カリフォルニア州で法制定(2021年)が違憲判決(2022年) ・連邦レベルで包括的LGBT法(Equality Act)提案継続中 |
EU加盟国 | ・雇用均等・人種平等指令(雇用における差別包括禁止) ・各国の平等法(性・年齢・宗教・障害・LGBTQ等の差別禁止) ・セクハラ・いじめ防止は労働安全や差別禁止の一環 ・女性役員登用や賃金格差是正の法(国別・EU指令) | ・包括的差別禁止を法定(違反時は行政処分・損害賠償) ・加盟国により罰則の強弱は異なる(罰金・制裁金科す国あり) ・男女比是正では取締役選任無効など強力な措置を導入する国も ・中小企業には配慮措置(義務免除)あり | ・女性取締役比率指令:2022年成立(各国で法制化、2026年目標) ・賃金透明化指令:2023年成立(今後2年で各国施行見込み) ・EU人権デューデリジェンス規則案に多様性事項も含め検討中 ・各国でLGBTQ保護法やトランスジェンダー権利の強化(継続) |
中国 | ・労働法・就業促進法(性別・民族等の差別禁止を規定) ・改正女性権益保障法(募集・採用での性差別禁止強化、セクハラ防止義務) ・民法典1010条(職場のセクハラ防止・救済) ・障害者雇用条例(法定雇用率制度、納付金あり) | ・法制度は整備進むが執行は限定的 ・労働当局による行政指導・是正命令が中心 ・女性権益保障法改正で企業への罰金等明文化(従来より強化) ・セクハラ対応怠りによる訴訟も増加傾向(ただし判例蓄積中) | ・女性権益保障法改正:2023年1月施行(差別禁止項目を明確化) ・民法典:2021年施行(初のセクハラ規定盛込) ・近年#MeToo受けハラスメント訴訟増(社会的関心高まる) ・障害者雇用率制度:都市部で取締強化の動き |
※上表の義務や罰則の内容は概要です。国や地域により適用条件や除外規定があります。中小企業経営者は自社が事業展開する国・地域の最新法規制を把握する必要があります。
法的リスクを低減するための社内ルールの整備
自社でダイバーシティを推進する際には、関連法に抵触しないよう社内ルールを整備し、コンプライアンスを徹底することが重要です。中小企業の場合、専門部署がないことも多いですが、以下のようなポイントに沿って体制整備を進めることが望まれます。
コンプライアンス体制の構築
ダイバーシティに関する法令順守のため、経営者自らが方針を示し体制を作る必要があります。具体的には**「行動規範」や「社員ハンドブック」**に差別禁止・ハラスメント禁止の方針を明記し、全社員に周知します。社内にコンプライアンス責任者を任命し(規模に応じて兼任で構いません)、法改正情報の収集や社内規程の更新を担当させます。また、**外部の専門家(社会保険労務士や弁護士)**とも連携し、定期的に社内ルールが最新の法令に適合しているかチェックする仕組みを設けます。中小企業では限られた人員で対応するため、例えば業界団体の研修や中小企業庁・労働局の窓口を活用しつつ、無理なく持続できるコンプライアンス体制を構築することが大切です。
人事・採用・昇進における公平性確保
人材の採用から評価・昇進に至るまで、公平なプロセスを整えることが法的リスク低減に直結します。まず採用段階では、募集要項に不当な条件(例:「◯歳以下」「男性のみ」等)を記載しないようにします。面接時にも応募者の宗教・家族計画・性的指向などプライベートな事項に触れない質問を徹底し、評価基準を職務能力に集中させます。昇進・配置についても客観的な評価基準を定め、業績やスキルに基づく評価制度を運用することで恣意的な人事を防ぎます。特に親族経営の多い中小企業では、社内の「身内びいき」や逆に「特定社員への過度な偏見」が差別と受け取られるリスクがあります。定期的人事面談の場を設け社員の不満を把握するとともに、評価結果について納得感を得られるようフィードバック機会を持つことも有効です。こうした措置により、社員は公平に扱われているという安心感を持ち、多様な人材が長く能力を発揮しやすくなります。万一、昇進差別などの疑念が社内外で持ち上がった場合にも、明確な基準と記録があれば企業を防御する材料となります。
ハラスメント対策の強化
職場のハラスメントは企業に深刻な法的リスクを及ぼすため、予防と対処の両面から徹底した対策が必要です。まず就業規則にセクハラ・パワハラ禁止規定を明記し、違反者への懲戒規定も定めて抑止力とします。全従業員に対しハラスメントの定義や事例を知らせ、いかなる言動が許されないか共通認識を醸成します。相談窓口を社内または外部に設置し(社外の相談窓口サービスを利用する中小企業もあります)、被害を受けた社員が安心して申し出できるルートを確保します。万が一トラブルが起きた際のフローも決めておき、速やかに事実調査を行い適切な措置(加害者への指導・処分、被害者のケアなど)を取る準備が大切です。特にパワハラについては**「受け手がどう感じたか」が重視されるため、日頃から上司・同僚間での言動に注意するよう教育します。近年のデータでも、労働局への相談では「いじめ・嫌がらせ」案件が毎年最多**となっており、中小企業でも例外ではありません。万一社内で問題が放置されると、社員の士気低下や退職のみならず、労基署への申告や訴訟に発展し損害賠償や企業イメージ失墜につながります。そうした事態を防ぐためにも、「ハラスメントは起こり得る」前提で備え、未然防止→早期発見→迅速対応という社内ルールを整備・運用することが肝要です。
従業員教育と社内研修の実践方法
ダイバーシティ推進を机上の空論に終わらせず現場で根付かせるには、従業員一人ひとりの意識改革と学習が欠かせません。社内研修はその手段として有効です。ここでは研修の種類や効果的な実践方法、中小企業でも実行可能な工夫について述べます。
ダイバーシティ研修の種類と実施例
多様性に関する研修には目的に応じたいくつかの種類があります。例えば**「アンコンシャス・バイアス研修」は無意識の偏見に気付くことを目的に行われます。社員が自身の先入観(例えば「リーダーは男性が向いている」といった固定観念)を自覚し、多様な同僚を公平に扱う土壌を作る研修です。次に「ハラスメント防止研修」ではセクハラ・パワハラ・マタハラ(マタニティハラスメント)などの具体例を学び、どんな言動がアウトなのかケーススタディを通じて理解します。管理職研修として行えば、部下への指導の適切な方法も学べ、ハラスメントの未然防止につながります。また「異文化理解研修」や「LGBTQ+研修」**も有用です。外国籍社員と協働する部署ではお互いの文化的背景の違いを学ぶことで円滑なコミュニケーションを促進できますし、LGBTQ+に関する基礎知識研修では社員の正しい理解を深め、無神経な発言や差別を防ぐ効果があります。実施例として、大手企業では新入社員研修や管理職昇進時研修に組み込むケースが多いですが、中小企業でもeラーニング教材を活用したり、地域の労働局や自治体が開催するセミナーに参加したりといった形で取り入れることができます。例えばある製造業の中小企業では外部講師を招いて年1回の全社員研修を行い、他社の多様性推進事例を学ぶ場を設けたところ、社員の意識が高まり自社でも女性ライン長の登用が実現した例があります。
効果的な研修プログラムの設計
研修を行う際は、単に知識を伝達するだけでなく行動変容につなげる工夫が重要です。効果的なプログラム設計のポイントとして、まず経営層のメッセージを盛り込むことが挙げられます。冒頭で社長や役員が「なぜダイバーシティが会社に必要か」を語ることで、研修の位置づけが明確になり社員の受講意欲が高まります。次に、研修内容はできるだけ双方向性を持たせます。ディスカッションやワークショップ形式を取り入れ、例えばハラスメントのケーススタディに対しグループで対応策を話し合う、無意識の偏見に気づくための簡単なテストを実施する、といったインタラクティブな要素を盛り込むと理解が深まります。さらに継続性も大切です。一度研修して終わりではなく、定期的にフォローアップ研修や関連するミニセミナーを開催し、知識の定着とアップデートを図ります。小規模事業所で全員を度々集めるのが難しい場合は、オンライン研修や社内メールでの啓発も活用します。また、研修の効果を測定するため、研修前後のアンケートや職場での変化(例えばハラスメント相談件数の推移や離職率の変動)を確認し、必要に応じて内容を改善しましょう。最後に、研修担当者自身が最新の情報を仕入れておくことも欠かせません。法律改正や社会の動きを踏まえた題材(例えば「2024年施行の○○法により求められる対応」等)を盛り込むことで、研修内容が実務に直結し、社員も自分事として捉えやすくなります。
小規模企業でも実施可能な取り組み
「人手も予算も限られる中小企業で本格的な研修は難しい」という声もあります。しかし工夫次第で少人数でも効果的な取り組みが可能です。まず無料または低コストの外部リソースを活用しましょう。例えば厚生労働省や都道府県労働局が提供するハラスメント防止研修動画、ダイバーシティ推進のガイドブック、eラーニング教材などは誰でも入手できます。これらを社内勉強会で視聴し、視聴後に感じたことを話し合うだけでも立派な研修になります。また、他社と合同で研修する方法もあります。地元の中小企業仲間とグループを作り、講師を招いて合同研修を開催すれば一社あたりの費用負担も軽減できます。実際、地方商工会議所が会員企業向けにダイバーシティセミナーを開き、近隣の中小企業社員が一堂に会して学ぶ機会を設けている例もあります。さらに、日常業務の中で学ぶ仕掛けも効果的です。例えば社内イントラネットや掲示板に月替わりで「ダイバーシティ通信」を掲載し、多様性に関する豆知識や社内のちょっとした成功事例(「育休取得した男性社員の声」等)を紹介することで、社員が日常的に意識するようになります。小規模企業ほど社員同士の距離が近く風通しを良くしやすい利点があります。経営者がランチミーティングなどカジュアルな場で「多様な人が働きやすい職場にしたい」という思いを繰り返し伝えたり、社内で頑張っているマイノリティ社員を表彰したりするのも、硬い研修にはない効果を生みます。大切なのは、自社の規模や文化に合ったやり方で継続して取り組むことです。たとえ小さな施策でも続けることで着実に社員の意識と会社の風土が変わっていきます。
今後の法改正への備えと戦略
ダイバーシティに関する法制度は社会情勢に応じて変化していきます。中小企業が継続的に法令遵守と多様性推進を両立するには、将来を見据えた戦略が必要です。ここでは、今後予想される法改正の動向と企業が取るべき備え、そして先進企業の事例から学べるポイントを解説します。
予想される法改正の動向
日本国内では、ダイバーシティに関連する更なる法制度の拡充が議論されています。例えばLGBTQ+差別を明確に禁止する法律の制定は、今後避けられないテーマです。現行法では男女雇用機会均等法が性別による差別禁止を定めていますが、性的指向・性自認はカバーされていません。2023年の理解増進法は努力義務に留まったものの、国際的な人権潮流や国内世論を背景に、職場でのLGBTQ+差別禁止を含む包括的な法律(いわゆる**「差別禁止法」)制定の機運が高まる可能性があります。またハラスメント防止の強化も予想される改正点です。パワハラ防止措置義務化から時間が経ち、企業の対応状況を踏まえて、将来的に罰則付きの規制や、パワハラ・マタハラ被害者の救済制度拡充が検討されるかもしれません。さらに、男女格差是正に向けた施策としては、管理職や役員に占める女性比率の目標を企業に課す動きが出る可能性があります。実際、政府は2030年までに指導的地位に占める女性割合30%という目標を掲げていますが民間企業での達成は遅れています。今後、上場企業など大企業から段階的にでも一定の女性登用を義務化したり、あるいはジェンダー平等報告の義務**(従業員の男女比・管理職比率や男女賃金差の公表)を広範な企業に求めたりする法改正も考えられます。加えて、外国人労働者の受け入れ拡大に伴う法制度調整も注目されます。技能実習制度の見直しや新たな在留資格制度の整備が進んでおり、中小企業にも海外人材を公平に雇用・処遇する責任が今以上に問われるでしょう。海外に目を向けると、EUでは先述のとおり賃金透明化や人権デューデリジェンスが今後企業義務化され、日本企業もサプライチェーン全体での人権・多様性配慮が求められる方向です。米国でも一部の州で従業員の多様性データ提出を義務付ける動きがあり、グローバル展開する企業は最新動向をキャッチアップする必要があります。このように国内外で法規制は強まる傾向にあるため、「うちは中小だから関係ない」と油断せず、将来を見据えて準備を進めることが重要です。
企業が取るべき対応策
法改正に備える基本は**「早めの情報収集と計画策定」です。中小企業では法務担当部署がなくとも、経営者や人事担当者が主体となり官公庁の発表やニュースをウォッチする仕組みを作りましょう。具体的には、厚生労働省や経済産業省のウェブサイトで関連ニュースリリースを定期的に確認したり、中小企業向けセミナーや説明会に参加して最新情報を入手したりします。法改正が予見される場合、その内容に応じて自社のルールや制度を点検します(例:「LGBT差別禁止法案」が議論されているなら、自社の就業規則に性的指向・性自認を理由とする差別禁止条項を追加する準備を進める、など)。また、法的義務がなくても自主的に先行対応することがリスク低減と企業価値向上につながります。例えば女性管理職比率の公表義務が将来拡大するなら、今のうちから社内でデータを把握し、必要なら比率向上の社内目標を立てて実行するといった対応です。こうした自主的取り組みは、いざ義務化された際にもスムーズに対応できるだけでなく、取引先や求職者に対し「先進的である」とアピールする材料にもなります。さらに社内体制の柔軟性も持たせておきましょう。新しい法律ができたときにすぐ対応策を講じられるよう、日頃から「もし○○法が成立したら何が必要か」とシミュレーションし、担当者や予算の仮割当てを考えておくと安心です。中小企業ではリソースに限りがありますが、逆に組織がフラットで変化への対応が早いという強みもあります。小回りを利かせ、「変化先取り型」の企業文化**を醸成することが長期的には競争力につながります。最後に、法改正時には社員への周知と教育も忘れずに行います。社内ニュースや朝礼で新たな法律のポイントを説明し、自社がどう対応するかを共有することで、従業員も安心して業務に臨めるでしょう。
成功企業の事例分析
ダイバーシティ推進と法令順守を両立し成果を上げている企業の事例からは、多くの示唆が得られます。中小企業であっても先進的な取り組みを行い、ビジネス上の成功につなげている例があります。その一つが愛知県の運送業大橋運輸株式会社です。同社は慢性的なドライバー不足に直面する中、女性・外国人・LGBTなど多様な人材が働きやすい職場環境づくりに注力しました。例えば子育て中の女性ドライバー向けにフルタイムだけでなく短時間勤務を複数人で交替する制度を導入し、出産後の離職を防止しました。また海外展開に備えてフィリピン人の社員を正社員登用し、言葉の壁を解消するため社内通訳の配置や年1回の帰省費用補助といったサポートも行いました。これらの施策により人材確保に成功し、新規事業の展開や取引拡大を実現しています。同社はパワハラ防止措置など法令遵守も徹底しつつ、柔軟な働き方改革で多様な人材の定着を図った点が成功要因です。また、製造業の株式会社吉村では短時間勤務の女性社員でもリーダー職に就ける**「ブランドオーナー制」という制度を導入し、育児とキャリア両立を支援しました。その結果、優秀な女性人材の離職を防ぎつつ、新商品開発に女性目線のアイデアを取り入れ業績向上につなげています。さらに長野県の和装加工業きものブレインでは、社内に障がい者支援委員会を設立し、障がいを持つ社員が働きやすい職場改善を進めています。同社は法定雇用率以上の障がい者を雇用するだけでなく、健常者社員との交流イベントを開催し相互理解を深め、生産性向上と従業員満足度向上を両立させました。このような企業に共通するのは、法令を順守することを土台に、自社の課題解決と多様性推進を結び付けている点です。単に法律だからと受動的に対応するのではなく、多様な人材が活躍できる環境づくりを経営課題の解決策として積極的に位置づけています。その結果、労働力確保や市場拡大、新たな商品・サービス創出といった成果が生まれ、法令遵守も自然と実現できています。中小企業の経営者にとって、自社規模に合った範囲で構わないので、こうした成功事例のエッセンスを参考に「ダイバーシティ経営」**を推進することが、将来の生き残り戦略となるでしょう。
以上のように、ダイバーシティ推進に関連する法的枠組みは日本および海外で強化の一途を辿っています。中小企業がメリットを享受しつつリスクを回避するには、法律のポイントを正しく押さえた上で、自社の実情に沿った社内ルール整備と従業員教育を進めることが不可欠です。変化をチャンスと捉えて機敏に対応することで、多様性を活かした強い組織づくりと持続的な成長が実現できるでしょう。
