近年、日本の労働環境を取り巻く法制度が大きく変化しています。長時間労働の是正や公正な処遇の実現、職場でのハラスメント防止などを目的とした労働法改正が相次ぎ、中小企業にも対応が求められています。本ガイドでは、働き方改革関連法、最低賃金の引き上げ、ハラスメント防止措置という主要な改正ポイントとその背景を解説し、これらが中小企業に与える影響について最新データを交えながら考察します。また、中小企業の経営者が法令を遵守するために取るべき基本対策と実務上の注意点を示し、実務に役立つチェックリストを提供します。最後に、今後予想される労働法改正の動向に触れ、今のうちから備えておくべき対応策について提言します。中小企業の皆様が最新の労働法改正を正しく理解し、適切な対応策を講じる一助になれば幸いです。
働き方改革関連法のポイントと背景
働き方改革関連法は、労働基準法や労働契約法、パートタイム労働法など労働関係法令の大幅な改正を含む法律で、2019年から順次施行されました。背景には「過労死」が社会問題化するほどの長時間労働の慣行や、非正規雇用と正社員の待遇格差、低迷する有給休暇の取得率など、日本の労働環境が抱える課題があります。少子高齢化による労働力不足も深刻化する中、働きやすい職場づくりによって多様な人材の活躍を促す狙いもあります。以下、主な改正点を順に見ていきます。
時間外労働の上限規制と長時間労働の是正
改正内容: 労働基準法の改正により、従来「36協定」を結べば青天井だった残業時間に法定の上限が設定されました。原則として時間外労働は月45時間・年360時間までとされ、臨時的な特別の事情がある場合でも月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間以内、年720時間以内という絶対的な上限が設けられました。この規制は大企業では2019年4月から、中小企業では猶予措置を経て2020年4月から適用されています。違反した企業には6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金という罰則も規定されており、法的強制力を持った措置となっています。
背景: 日本では長時間残業が常態化し、過労死やメンタル不調の原因となっていました。働き方改革実行計画が策定された2017年前後には、電通社員の過労自殺事件などが社会に衝撃を与え、政府も緊急の対策に乗り出しました。長時間労働の是正は働き方改革の柱の一つとして位置づけられ、法による残業時間の規制が初めて実現したのです。
中小企業への影響: 中小企業では人手不足や業務量の関係で、長時間労働に頼らざるを得ないケースも多く、上限規制への対応は容易ではありません。実際、厚生労働省が2022年度に長時間労働が疑われる事業場に対して監督指導を行ったところ、調査対象となった3万超の事業場のうち42.6%で法違反となる時間外労働が確認されました。違反率は前年度より大幅に上昇しており、中でも約5,200事業場では月80時間超の残業が、3,300事業場では月100時間超の残業が見られたとのことです。一方で効果も現れています。 政策導入後、週60時間以上働く雇用者の割合は減少傾向を示しており、特に男性では働き方改革関連法施行前の2017年に比べて2022年には約5ポイント以上低下しました。これはコロナ禍で労働時間が一時的に減少した影響もありますが、長時間労働是正の取り組みが徐々に浸透しつつあることを示しています。
実務上のポイント: 中小企業では限られた人員で業務を回しているため、残業削減には業務効率化や生産性向上が不可欠です。具体的には、業務フローの見直しやITツールの導入(勤怠管理ソフト、チャットやグループウェアの活用など)による効率化、繁忙期に備えたパート社員・アルバイトの活用、外注や業務提携による業務量の平準化などが考えられます。また、36協定(時間外労働・休日労働に関する労使協定)の締結内容を法改正後の上限に適合させること、社員に向けて残業上限を守る意識づけを行うことも重要です。法定の上限を超えるおそれがある場合には早めに労務管理の専門家(社会保険労務士など)に相談し、対応策を検討しましょう。
さらに、2023年4月からは中小企業でも月60時間超の残業に対する割増賃金率が50%に引き上げられました(大企業は2010年から適用済)。これにより、長時間の残業には従来以上の人件費コストが発生するため、経営面からも残業削減のインセンティブが高まっています。中小企業の経営者は、自社の残業実態を正確に把握し、この割増賃金率引き上げによるコスト増も踏まえて労働時間の適正化計画を立てる必要があります。
年次有給休暇の取得促進(年5日の取得義務化)
改正内容: 働き方改革関連法の一環で、有給休暇の取得促進策が導入されました。労働基準法の改正により、10日以上の年次有給休暇が付与される労働者について、毎年5日については企業が時季を指定してでも確実に取得させることが義務付けられました。この制度は企業規模を問わず2019年4月から全ての企業に適用されています。要件に該当する従業員一人ひとりについて、年5日の有休が未消化の場合は会社が取得日を指定しなければなりません。違反した場合は是正勧告の対象となり、労基法違反として罰則(30万円以下の罰金)が科される可能性もあります。
背景: 日本の年次有給休暇の取得率は長年5割程度に留まっており、欧米諸国と比べ極めて低い水準でした。政府は2020年までに取得率70%以上という目標を掲げていましたが、達成には至らず、休暇を取りづらい職場風土の改善が課題となっていました。そこで強制力を伴う措置として、有給休暇の一部強制取得制度が導入された経緯があります。従業員が心身をリフレッシュし、仕事と生活の調和(ワークライフバランス)を図れるようにすることが目的です。
中小企業への影響: 中小企業では人手が少ない分、社員が休むと代替要員の確保が難しいという事情があります。そのため「有休を取らせたいが、現実には回らない」という悩みを持つ経営者も少なくありません。しかし法的義務となった以上、計画的な休暇取得の運用が必要です。各社員の有給残日数を管理し、繁忙期と閑散期を考慮しながら取得日を事前に指定していく手法(計画年休制度の活用も有効)で、業務に支障が出ないよう調整することが求められます。
改正の効果と現状: 有給休暇取得の義務化により、日本全体の取得率は徐々に改善傾向を示しています。厚生労働省の「就労条件総合調査」によれば、年次有給休暇の取得率は2021年時点で56.6%でしたが、制度導入から数年経った2022年には62.1%と過去最高水準に達しました。平均取得日数も10日を超え、かつての5割程度から6割超へと着実に向上しています。ただし、中小企業に限ってみると規模の大きい企業より取得率が低い傾向は残っています。特に従業員規模が小さいほど未だ有休取得率が5割未満という調査結果もあり、引き続きの取り組みが必要です。
実務上のポイント: 中小企業では、有給休暇を取りやすい職場づくりへの工夫が欠かせません。まず、経営者や管理職自らが積極的に休暇を取得し、模範を示すことで社員も遠慮なく休める雰囲気を作ることが大切です。次に、繁忙期と閑散期を見据えて前もって休みの計画を立てる「計画的付与」を活用しましょう。年間業務カレンダーの中で比較的余裕のある時期に有休消化日を割り当てておけば、人員手配も調整しやすくなります。どうしても特定社員が忙しく休めない場合は、他の社員との業務シェアや一時的な派遣・アルバイトの活用も検討します。また、有休管理簿を整備して各人の消化状況を把握し、未取得者には定期的に取得を促す声掛けをすることも怠らないようにしましょう。
同一労働同一賃金による不合理な待遇差の解消
改正内容: 非正規雇用労働者(パートタイマー、有期契約社員、派遣社員)と正社員との間の不合理な待遇差を是正するため、「同一労働同一賃金」のルールが法制化されました。具体的には、パートタイム・有期雇用労働法および労働契約法の改正(大企業は2020年4月施行、中小企業は2021年4月施行)により、同じ企業内で仕事内容や責任が同等であるにも関わらず賃金や手当、福利厚生に差がある場合は、その差に合理的な根拠が求められることになりました。不合理な差と判断されれば是正が必要で、企業には非正規社員から待遇差の内容や理由について説明を求められた場合に説明する義務も課されています(派遣労働者についても派遣先・派遣元双方に均等待遇実現の責務を規定)。
背景: バブル崩壊後の長期不況で、日本では非正規雇用が増加し、現在では労働者の約4割を占めます。非正規社員は正社員に比べ賃金が低く、賞与や退職金、福利厚生面でも待遇が劣ることが一般的でした。同じ職場で働きながら待遇格差が大きいことは労働者のモチベーションや企業への定着率にも悪影響を及ぼし、社会問題化していました。欧州では既に同一労働同一賃金の考え方が広く浸透しており、日本でも雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保が急務と判断されたのです。
中小企業への影響: 正社員とパート・契約社員の比率が高い中小企業ほど、この対応は難しい課題となりました。各従業員の仕事内容や貢献度を評価し、賃金テーブルや手当支給基準を見直す必要が生じたためです。厚生労働省や労働政策研究・研修機構の調査によれば、中小企業の約9割がこの制度を認知していたものの、2021年の適用開始時点で「必要な見直しが完了している」と答えた企業は3割弱にとどまり、多くの企業が「現在対応中」あるいは「これから検討」といった状況でした。実際には、賞与の支給対象を一部のパート社員にも広げたり、通勤手当・福利厚生を正社員と共通の制度に変更したりといった対応を取る企業が増えています。しかし一方で、「職務内容や役割が正社員とは異なるため待遇差は合理的である」と説明する企業もあり、対応は企業ごとに様々です。
改正の効果と課題: 同一労働同一賃金の理念は、非正規社員の処遇改善につながりつつあります。厚生労働省の分析では、制度施行後の2020年以降、パートタイム労働者に賞与や手当を新設・拡充した事業所が増えた結果、パート労働者の賃金水準が上昇傾向を示しました。事実、2022年にはパートタイム労働者の所定内給与が大幅に増加し、労働者全体の現金給与総額もコロナ前の2019年を上回る水準となっています。一方で、不合理な待遇差を巡るトラブルも発生しています。制度施行直前の2020年には雇用契約法20条(不合理な労働条件の禁止)に関する複数の最高裁判決が出され、正社員のみ支給されていた手当や退職金について一部「不合理ではない」と判断されるケースもありました。このように司法判断も示される中、企業は自社の待遇差が客観的にみて妥当と言えるかどうか、より慎重な検討を迫られるようになっています。
実務上のポイント: 中小企業が同一労働同一賃金に対応するには、まず自社の正社員と非正規社員の待遇を項目ごとに洗い出し、その差異を明確化することから始めましょう。基本給、賞与、各種手当(通勤手当・役職手当・技能手当など)、福利厚生(休暇制度、食堂利用、社員旅行等)まで漏れなくリストアップします。その上で、それぞれの差について「職務内容の違い」「責任や貢献度の差」「勤続年数やスキルの差」など合理的な理由が説明できるか検証します。説明が難しい差については是正を検討しましょう。例えば、通勤手当や食堂利用など業務に直接関係しない待遇は原則として正規・非正規で差を設けない方向に改める、職務内容が同等であれば昇給・賞与のルールも統一していく、といった対応です。ただし中小企業では人件費原資にも限りがあるため、急激な待遇改善が難しい場合は、段階的に実施する計画を立てることも現実的なアプローチです。
また、非正規社員から自分と正社員との待遇差について説明を求められた場合に備え、説明責任を果たす準備もしておきましょう。説明の窓口となる人事担当者や経営者は、法律やガイドラインを理解した上で、自社の賃金決定基準や待遇ポリシーを明文化しておくと安心です。厚労省は「不合理な待遇差解消のための指針」や具体例を公表していますので、それらを参照しつつ、自社の対応策がその指針に沿っているか確認することも有益です。必要に応じて社労士や弁護士など専門家の意見を求めることも検討してください。
最後に、派遣社員を受け入れている場合は派遣元との連携も重要です。派遣労働者の待遇については「派遣先均等・均衡方式」か「労使協定方式」のいずれかで均等待遇を確保するルールになっています。自社が派遣先企業として受け入れている派遣社員について、派遣元から待遇に関する情報提供を受け、適切な待遇確保に協力する義務がありますので、この点も怠らないよう注意しましょう。
最低賃金の引き上げと中小企業への影響
日本の最低賃金(地域別最低賃金)は毎年見直されており、ここ数年は政局の方針もあって大幅な引き上げが続いています。最低賃金は都道府県ごとに決定され、地域の審議会で議論された上で毎年10月前後に改定されます。
最近の動向: 直近の改定では2023年度に全国加重平均で時給1,004円となり、初めて平均が1,000円を超えました。前年度(2022年度)の961円から一気に43円、率にして4.5%の大幅アップで、これは1978年に現在の目安制度が始まって以来最大の上げ幅です。地域別に見ると、最高額は東京都の1,113円、最低額は岩手県などの893円で、その差は220円ほどとなっています(地域間格差も年々縮小傾向にあります)。近年の推移を振り返ると、2010年代半ば以降は毎年2〜3%程度の引き上げが続き、特に2021年度以降はコロナ禍からの景気回復や物価上昇もあり、目安額が4%以上という高い伸びとなっています。一度2020年度は引き上げ額1円(全国平均)と据え置き同然の年がありましたが、その反動も含めてここにきて急ピッチな上昇が見られます。政府は「全国平均1,000円」を目標に掲げてきましたが、すでにそれを達成した今、さらなる賃上げ圧力が高まっており、今後も毎年数十円規模の引き上げが続くことが予想されます。
背景: 最低賃金引き上げの背景には、長年賃金水準が伸び悩み労働者の購買力が低下してきたことへの危機感があります。特に最近では物価高騰(インフレ)の中で実質賃金の目減りを防ぐため、政府主導で最低賃金の底上げが図られています。また、地方の最低賃金が低すぎると都市部との賃金格差から地方から人材が流出し、地域経済に悪影響を及ぼすことも懸念されています。低賃金で働く人の生活を安定させ、消費拡大や経済の好循環につなげる「経済の底上げ策」としての意味合いもあり、最低賃金は政策的な重要課題となっています。
中小企業への影響: 最低賃金の度重なる上昇は、人件費比率の高い中小企業にとって大きな負担となりえます。特に飲食業、宿泊業、小売業、介護・福祉業など、多くの非正規従業員を雇用し賃金水準が低めの業界では、最低賃金の上昇がそのまま賃金コスト増に直結します。利益率が高くない中小事業者では、賃上げによるコスト増を価格転嫁できず経営を圧迫するケースも考えられます。その一方で、最低賃金近辺の賃金しか払えない状況では労働力確保も難しくなってきています。人手不足の中で他社との人材獲得競争が激化する中、賃金水準の低い企業はそもそも応募が集まらない、あるいは現在の従業員がより条件の良い職場へ流出してしまう、といったリスクがあります。つまり、中小企業にとって最低賃金の引き上げ対応はコスト増という悩みであると同時に、自社の魅力ある労働条件を維持・向上して人材をつなぎとめるために避けて通れない課題でもあります。
実務上のポイント: まず、自社の従業員の賃金が常に最新の最低賃金を上回っているか確認することが最重要です。最低賃金改定は毎年行われますから、改定期(地域によりますが多くは10月)前後には必ず厚生労働省や都道府県労働局の発表をチェックし、自社の時給・日給額を点検しましょう。時給制でなく日給月給や出来高払いの社員についても、1時間あたりの換算額が最低賃金を下回っていないか注意が必要です。最低賃金違反は労基法違反となり、未払い賃金の支払い是正勧告や企業名公表の対象にもなり得ます。
最低賃金引き上げへの対策としては、生産性の向上と業務効率化がキーワードになります。人件費負担が増えても、それ以上に生産性が上がれば企業の付加価値は高まり、賃上げを吸収できます。具体策として、小売・飲食であればレジのセルフ化や発注業務の自動化、製造業であれば工程の見直しや機械化投資、オフィス業務ならITツール導入やペーパーレス化による業務効率アップなど、業種に応じた改善を進めましょう。政府も最低賃金引上げに対応する中小企業支援策を拡充しており、「業務改善助成金」は生産性向上の設備投資等を行い一定額以上の賃上げを実施した場合に経費の一部を助成する制度です。また、中小企業庁の「事業再構築補助金」や各種の設備投資補助金でも、最低賃金引上げ分以上の賃上げを行う企業には審査で加点が付くなどの優遇措置があります。これら公的支援も積極的に活用し、賃上げと経営改善を両立させる工夫が求められます。
さらに、中小企業の経営者は自社の賃金水準や給与体系を戦略的に見直す機会と捉えることも重要です。最低賃金ギリギリの水準でベース賃金を設定していると、毎年のように発生する改定の度に都度対処に追われることになります。そうではなく、例えば最低賃金プラス数十円~百円程度高い初任給を設定したり、定期昇給の仕組みを導入したりすることで、少なくとも数年間は慌てずに済むような余裕を持たせることも検討してください。人件費コストとの兼ね合いではありますが、多少高めに賃金を設定しても、その分優秀な人材を確保でき生産性向上につながれば結果的にプラスになります。**「人への投資」**という視点で賃金水準を捉え、自社の成長と社員の処遇改善を両立させるという前向きな姿勢が、中小企業の持続的発展においてますます重要になるでしょう。
ハラスメント防止措置の強化と中小企業の課題
職場におけるハラスメント(嫌がらせ・いじめ)は、近年大きな社会問題として注目を集めています。セクシュアルハラスメント(性的嫌がらせ)や妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント(いわゆるマタニティハラスメント)は以前から企業に防止措置義務が課されていましたが、さらに深刻化していたのがパワーハラスメント(優越的な立場を背景としたいじめ・暴言など)です。2019年に労働施策総合推進法が改正され、パワハラ防止のための雇用管理上の措置が事業主の義務となりました。大企業では2020年6月、中小企業では猶予期間を経て2022年4月から、このパワハラ防止措置義務が施行されています。
改正内容(パワハラ防止法の概要): 事業主は職場におけるパワーハラスメントを防止するため、以下のような措置を講じることが義務付けられました(セクハラ・マタハラについても同様の措置義務があります)。
- 方針の明確化と周知・啓発: パワハラ行為は許されない旨を就業規則や社内規程に明記し、全従業員に周知します。必要に応じて研修や講習を行い、ハラスメントをしない・させない職場風土の醸成に努めます。
- 相談窓口の設置: 被害を受けた従業員や周囲で見聞きした従業員が相談できる窓口を社内に設置します。小規模事業主など自社で対応が難しい場合は、外部の相談機関(地域の産業保健総合支援センター等)や社労士・産業カウンセラーなど専門家の連携先を決めておくことも有効です。相談窓口の存在は従業員に周知します。
- 事後対応: 実際にハラスメントの相談・苦情があった場合に速やかに事実関係を調査し、確認できれば加害者に対する適切な措置(懲戒処分、配置転換等)を行います。被害者に対しては心身のケアや部署異動の希望に応じるなど、適切な配慮を行います。
- プライバシー保護と相談者への配慮: 相談内容や関係者のプライバシーは厳重に保護し、相談したことを理由に不利益な取り扱い(報復・嫌がらせ等)を受けないようにする措置を講じます。例えば、相談者・告発者への報復は禁止する旨を規程に定め、違反者には懲戒等の措置を取ることを明示します。
以上のような措置を講じ、ハラスメントが発生しにくい職場環境を整えることが企業の責務となりました。なお、現時点ではパワハラ防止措置義務に直接の罰則規定はありませんが、厚生労働省の指導に従わない悪質な企業には企業名の公表等の措置が取られる可能性があります。またセクハラやマタハラについては男女雇用機会均等法等に基づき是正勧告や罰則の対象となる場合があります。
背景: パワハラ防止法成立の背景には、職場でのいじめ・嫌がらせによる精神疾患や退職、最悪の場合自殺者まで出ている深刻な実態があります。厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査」(2023年公表)によれば、過去3年間にパワハラの相談を受けたことがある企業は全体の64.2%にも上りました。またセクハラについても39.5%の企業が相談を受けています。実際に労働局に寄せられるいじめ・嫌がらせの個別労働紛争相談件数は年々増加し、2012年以降ずっとトップで推移しています。このようにハラスメントは決して一部の特殊な職場だけの問題ではなく、多くの企業が直面する普遍的な課題となっています。こうした状況を改善すべく、労働者の尊厳や人格を守る観点から事業主責任が明確化されたのが今回の改正と言えます。
中小企業の対応状況と課題: 大企業では法施行に合わせて社内規程の改定や相談窓口の新設、管理職研修の実施など比較的迅速に対応が進みましたが、人的資源の限られる中小企業では対応の遅れも指摘されています。2022年4月の中小企業への義務化直前に行われた民間調査では、「自社でパワハラ防止策を行っている」と回答した企業は全体の66%で、3社に1社はまだ具体策を講じていない状況でした。特に従業員数が少ない企業ほど「相談窓口をどのように設置すればよいかわからない」「ハラスメント対策まで手が回らない」といった声もあります。しかしながら、ハラスメント対策を怠ることは職場環境の悪化を招き、人材流出や生産性低下につながるリスクがあります。また万一深刻なハラスメント案件が発生した場合、被害者から労災認定を請求されたり、損害賠償を求めて訴訟を起こされたりする可能性も否定できません。実際にパワハラが原因で従業員が自殺し、企業に多額の賠償責任が認められた判例も出ています。中小企業にとって「人」は貴重な経営資源です。ハラスメントのない安心して働ける職場を作ることは、従業員の定着やモチベーション向上にも直結します。
実務上のポイント: 中小企業がハラスメント防止措置を実効性あるものにするためのポイントを整理します。
- 就業規則への明記と周知徹底: 従業員数10名以上の企業では就業規則の作成・届出が義務ですが、その中にハラスメント禁止規定を盛り込みましょう。パワハラの定義(厚労省指針では6類型が示されています)や禁止事項、違反時の懲戒、相談窓口の設置などを明記します。就業規則を作成していない小規模事業者であっても、社内ルールとしてハラスメント禁止の方針を文章化し配布することが望ましいです。
- 相談対応体制の整備: 社内に信頼できる相談窓口担当者を決めます。従業員が少なく担当者を専門に置けない場合、社長自身が窓口役になるケースもあります。また外部の社労士顧問や産業カウンセラーと契約し、必要に応じて従業員が匿名で相談できる外部通報制度(いわゆるホットライン)を導入するのも有効です。相談があった際のフロー(事実関係の聴取→記録→対応策の検討→加害者・被害者への措置など)をあらかじめ決め、プライバシー保護や報復厳禁の原則も社内に共有しておきます。
- 教育・研修の実施: 小規模企業でも年に1回はハラスメントについて話し合う機会を設けましょう。朝礼やミーティングで社長がハラスメント禁止のメッセージを伝えるだけでも効果があります。可能であれば管理職やリーダー層には外部セミナー受講やeラーニングでハラスメント対応の知識を習得させます。日頃から「誰もが気持ちよく働ける職場にしよう」という意識づけを図ることが、未然防止には不可欠です。
- 社内風土の見直し: ハラスメントは職場の人間関係の中で起こります。普段から意見を言い合える風通しの良い雰囲気作りや、成果だけでなくプロセスやチームワークも評価する人事制度にするなど、組織風土の改善も長期的には奏功します。上司が部下を頭ごなしに叱責する文化を改め、対話と納得に基づく指導へ転換していくことが理想です。
なお、近年問題化しているカスタマーハラスメント(顧客や取引先からの悪質なクレームや暴言等)についても、2024年の政府方針で「法的措置も視野に対策を強化する」と明記されるなど、企業に対応が求められる流れになっています。現時点では法令上の義務ではありませんが、従業員を顧客等の迷惑行為から守るために、社内でカスタマーハラスメント対応方針を定めておくことが望ましいでしょう。例えば「顧客からの暴言には毅然と対応し、必要なら契約解除も辞さない」「現場社員だけで対応させず管理者がサポートする」等の基本方針を決め、社員に周知しておくことが従業員の安心感につながります。このように、職場内外を問わずあらゆるハラスメントから従業員を守る姿勢を示すことが、これからの企業経営には求められていると言えます。
中小企業が法令遵守のために取るべき基本対策
以上のような労働法改正に対応し、法令を遵守していくために、中小企業の経営者・人事担当者が押さえておきたい基本的な対策と実務上の注意点をまとめます。
1.最新情報の収集と社内体制の整備
まず、労働関連法規の改正情報を定期的に収集する体制を整えましょう。中小企業では法改正への対応が後手に回りがちですが、厚生労働省のホームページや都道府県労働局からの通達、ニュースサイト、専門誌などを通じて最新情報をキャッチする習慣が重要です。社労士や中小企業診断士など専門家と顧問契約している場合は、改正情報を適宜提供してもらうよう依頼すると安心です。社内に総務・人事担当者がいれば、その者を中心に法改正対応プロジェクトを小さくても立ち上げ、関係する就業規則や労使協定、雇用契約書などの書面類を点検・修正するプロセスを回します。特に従業員が10人以上いる場合は、就業規則を変更した際に所轄の労働基準監督署へ届出が必要ですので注意してください。
2.就業規則・労使協定類の見直し
労働時間や休日、休暇、賃金、待遇に関するルールを定める就業規則や各種協定類(36協定、賃金協定など)は、法改正に合わせて更新が必要です。例えば、時間外労働の上限規制に対応して就業規則の残業項目や36協定書の内容を変更する、同一労働同一賃金に合わせてパートタイマー規程や賃金規程に差別的な取り扱いがないか見直す、有給休暇の時季指定義務に基づき年休管理の項目を追加する、ハラスメント防止方針を規程に盛り込む、などが考えられます。法改正のたびにその都度修正するのは手間ですが、就業規則類は会社の労務管理の根幹です。最新の法令に適合していない規程を放置すると労使トラブルの火種にもなりますので、必ずアップデートしておきましょう。中小企業向けに厚労省がモデル就業規則を公開していますので、それを参考に自社の実態に合わせてカスタマイズするのも有用です。
3.労働時間管理の徹底
長時間労働の是正や年休取得促進には、日々の労働時間管理が基本となります。タイムカードや出退勤記録を整備し、残業が規制を超えそうな社員がいれば早めに対応策を講じます。36協定で定めた限度内に収まっているか毎月チェックし、万一超過が発生した場合は原因を分析して再発防止策を検討します。過重労働が疑われる社員がいる場合は医師による面談指導など労働安全衛生上の措置も忘れずに行いましょう。勤怠管理システムの導入は、少ない管理人数でも全社員の勤務状況をリアルタイムに把握できるためおすすめです。また、在宅勤務や直行直帰など多様な働き方をしている社員の労働時間も漏れなく記録し、適切に管理するようにします。
4.賃金計算・処遇の点検
最低賃金や割増賃金率の改定、同一労働同一賃金への対応など、賃金・処遇面でも確認事項があります。毎年の最低賃金額の変更に伴い、時給者のみならず月給者についても月給額÷所定労働時間で時給換算して下回っていないか確認します。残業代計算も、2023年以降は60時間超残業分に50%割増を適用するよう給与計算ソフトの設定を変更する必要があります。また、非正規社員の待遇差を点検し、不合理な格差がないか定期的にチェックします。派遣社員については派遣元と情報共有して適切な時給設定になっているか確認します。さらに、育児・介護休業法などに基づき男女問わず育児休業を取得しやすい環境か、出産した社員への待遇に不利益変更がないか、といった点も含めて自社の人事労務制度を広く見直す姿勢が必要です。
5.社員への周知と教育
どんなに立派な社内ルールを整備しても、現場で守られなくては意味がありません。法改正による新ルールは従業員にも分かりやすく周知しましょう。就業規則の改定内容は社員説明会や回覧で共有し、必要に応じ質疑応答の機会を設けます。例えば「今年から残業は原則月45時間までです」「有休がまだ取れていない人は会社から取得日を指定します」など、具体的に伝えると社員も理解しやすくなります。管理職には特に最新の労務管理知識を持ってもらい、部下への指導や勤怠管理に活かしてもらいます。パワハラやセクハラになりうる言動についても研修資料等で示し、全員の意識合わせを図りましょう。中小企業ではOJT中心になりがちですが、外部のセミナーやオンライン研修も数多くありますので、適宜活用して知識習得の機会を提供すると良いでしょう。
6.社外の専門資源・支援策の活用
人事労務の専門知識が社内に乏しい場合、遠慮なく社外のリソースを頼りましょう。各都道府県に設置されている「働き方改革推進支援センター」では、社会保険労務士など専門家による無料相談を受け付けており、就業規則の整備や労働時間管理のノウハウ提供、助成金情報の紹介など幅広いサポートを行っています。またハローワークや産業保健総合支援センターでも労務管理やメンタルヘルス対策などについて相談が可能です。これら公的機関をうまく使えば、費用をかけずに自社の課題解決のヒントが得られます。さらに、前述の各種助成金・補助金(業務改善助成金、働き方改革推進支援助成金、テレワーク導入補助金等)も利用できるものは積極的に検討しましょう。助成金は要件や手続きが複雑なものもありますが、社労士に依頼して代行申請してもらうことも可能です。専門家の力を借りながら、自社のコンプライアンス水準を高めていくことが肝要です。
7.労使コミュニケーションの促進
最後に、法令遵守と職場環境の維持向上のためには従業員とのコミュニケーションが欠かせません。働き方改革関連の施策を進める際には、できる限り現場の声を聞きながら進めることが大切です。例えば残業削減目標を立てる場合は、現場の業務上どこに無理が生じているかヒアリングし、一緒に業務改善策を考えるようにします。有給休暇の取得促進についても、社員が取得しづらい要因(代替要員不足や業務の属人化など)を洗い出し、経営側で障壁を取り除く努力をすることが求められます。同一労働同一賃金に関して不満や不安を抱える非正規社員がいれば個別に面談し、納得感を得られるよう説明したり処遇を工夫したりします。ハラスメントについては日頃から雑談や面談を通じて職場の人間関係に目を配り、兆候があれば早めにケアするようにしましょう。このように労使の信頼関係を築くことが、結果として法令遵守の実効性を高め、企業トラブルの未然防止にもつながります。
実務に活用できるチェックリスト
以下に、最新の労働法改正への対応状況を自己点検するためのチェックリストを用意しました。自社でまだ対応が不十分な項目がないか、確認してみましょう。
- 労働時間管理
□ 36協定を最新の法定上限に沿った内容で締結し、労基署へ届け出ていますか?(特別条項付き協定の場合、年720時間・複数月平均80時間・月100時間未満の制限を守っているか)
□ 従業員の残業時間を毎月モニタリングし、月45時間を超えるケースが常態化していませんか?万一超過が発生した場合に是正措置を講じていますか?
□ 月60時間超の時間外労働に対して割増賃金率50%を適用するよう給与計算を変更しましたか?(2023年4月以降)
□ 従業員の労働時間・休日・深夜労働を適切に記録していますか?(タイムカードやPCのログ記録など客観的記録を保存)
□ 過重労働による健康障害防止措置(面接指導の実施、産業医からの意見聴取など)を適切に行っていますか? - 年次有給休暇
□ 年次有給休暇が年間10日以上付与されている従業員について、少なくとも5日は会社が取得させる措置を講じていますか?(取得計画の策定や取得日の指定を実施)
□ 従業員それぞれの有給休暇の取得状況を把握し、未取得のまま期限が切れる日数を減らす取り組みをしていますか?
□ 時季指定義務の対象となる有給5日を確実に消化させた記録を残していますか?(誰が何月何日に取得したかの台帳管理) - 賃金・待遇
□ 自社の地域別最低賃金額を把握していますか?また、全ての従業員の時給換算額が最低賃金以上になっていることを確認済みですか?(アルバイト・パートだけでなく正社員の基本給や手当も含めチェック)
□ 最低賃金改定に伴う給与テーブルの改定や、パート社員の時給引き上げを適時実施していますか?
□ 正社員と非正規社員(パート・契約社員など)との間で基本給、賞与、各種手当に不合理な格差がないか確認しましたか?
□ 非正規社員から待遇差の説明を求められた場合に備え、説明できる資料や根拠を用意していますか?
□ 賃金や待遇に関する不平等を是正するため、制度変更や給与の調整など必要な措置を講じましたか?(例:通勤手当や福利厚生を正社員以外にも適用する等) - ハラスメント防止
□ 就業規則や社内規程にパワハラ・セクハラ等のハラスメント禁止規定を盛り込み、従業員に周知していますか?
□ 社内または外部に、ハラスメントに関する相談窓口を設置していますか?従業員はその窓口を認識していますか?
□ ハラスメントの相談があった場合の対処プロセス(調査・記録・是正措置・再発防止策など)を定めていますか?
□ 相談者や被害者が報復を受けないよう、プライバシー保護や社内啓発を行っていますか?
□ 管理職や従業員に対してハラスメント防止研修や啓発を定期的に行っていますか?(ハラスメントの定義や具体例、注意すべき言動などを教育) - その他の法令対応
□ 育児・介護休業法の改正点に対応していますか?(男性の育休取得促進策:産後パパ育休制度の周知、育休取得意向確認の実施など)
□ 高年齢者雇用安定法に基づき、希望者は65歳まで雇用継続する措置を講じていますか?(さらに70歳まで就業機会確保の努力義務にも対応検討)
□ 労働条件通知書や雇用契約書に必要な記載事項を漏れなく明示していますか?(2024年4月から契約更新上限の有無等が追加。電子交付のルールも確認)
□ 社内の人事労務担当者や経営層は、以上のような労務コンプライアンス状況を定期的に点検していますか?必要に応じて専門家に相談していますか?
チェックリストで「NO」がついた項目は、早急に対応策を講じましょう。法令遵守は企業の信頼を守るだけでなく、働く人の安心と意欲を高めることにつながります。
今後の労働法改正の動向予測と中小企業への提言
労働法は社会情勢の変化に応じて常に見直しが行われています。中小企業の経営者として、今後の動向にもアンテナを張り、早めに備えておくことが重要です。最後に、近い将来予想される労働法制のトレンドと対応のポイントをいくつか挙げます。
- 最低賃金のさらなる上昇: 前述の通り、最低賃金は今後も毎年引き上げられる公算が大きいです。政府内では「できる限り早期に全国どこでも最低時給1,000円超」を実現し、その先も経済成長に合わせて水準を上げていく方針が示唆されています。物価高や人手不足が続く限り、賃金の底上げ圧力は続くでしょう。中小企業は毎年の人件費上昇を織り込んだ中長期の資金計画・経営計画を策定し、賃金アップに耐えうるビジネスモデルへの転換を図る必要があります。価格転嫁が可能な体質づくりや、生産性を飛躍的に高めるDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進など、攻めの投資も視野に入れてください。
- 柔軟な働き方への対応: コロナ禍を契機にテレワークやフレックスタイム制、副業解禁など働き方の多様化が一気に進みました。今後、法制度面でもリモートワークのガイドライン整備や勤務間インターバル制度(勤務と勤務の間に一定の休息時間を確保する取り組み)の普及促進、あるいは週休3日制導入企業への支援策など、柔軟な働き方を後押しする方向で検討が進む可能性があります。現時点で義務ではないものの、勤務間インターバルは努力義務として制度導入が奨励されていますし、テレワークも通信費補助等のルール整備が求められる場面が出てくるでしょう。中小企業でも、テレワーク規程を整備したり、フレックスや短時間正社員制度を導入したりと、自社の事情に適した形で働き方の柔軟性を高める工夫をしておくと、先々の法改正にも余裕を持って対応できます。
- 男性の育児休業促進と仕事と家庭の両立支援: 育児・介護休業法の2022年の改正では、男性の育休取得を促進するための「産後パパ育休(出生時育児休業)」創設や、企業に対する育休取得意向の確認・周知義務が導入されました。現状では大企業中心の取り組みですが、将来的には男性の育児休業取得率向上のため、さらなる制度拡充や中小企業支援策が出てくる可能性があります(例:育休取得者への助成金拡充、育児目的休暇の義務化検討など)。また、介護離職防止のための柔軟な働き方支援や、子育て・介護中の従業員への配慮義務強化なども議論されるでしょう。中小企業においても、男性社員が育休を取りやすい雰囲気づくりや、復帰後の短時間勤務制度など両立支援策の整備を進めておくことが重要です。これらは法律対応であると同時に、優秀な人材の定着に直結する取り組みでもあります。
- カスタマーハラスメントへの法規制: 先にも触れたとおり、近い将来、顧客や取引先からの悪質なクレーム行為(カスタマーハラスメント)に対しても事業主に防止措置義務を課す法改正が検討されています。2025年にも関連法案が提出される可能性が報道されています。施行されれば、従業員を顧客からの迷惑行為から保護するための方針策定・苦情処理体制づくりが企業の義務となるでしょう。サービス業の中小企業では特に、クレーム対応マニュアルの整備や、従業員を一人にしないサポート体制など、顧客対応のルールを再点検しておく必要があります。理不尽な要求には企業として断る勇気を持つこと、従業員を守る姿勢を明示することが今後ますます求められます。
- フリーランス・副業人材の保護: 働き方の多様化に伴い、会社員以外のフリーランスや業務委託契約で働く人も増えています。こうした「雇用によらない働き方」の労働者的就労者を保護するための新法(いわゆるフリーランス新法)が2023年に成立し、2024年にも施行予定です。この法律では、発注側企業に対し契約内容を書面等で明示する義務や、報酬の支払い期日を定める義務、不当な契約解除・報酬減額の禁止などが規定されます。中小企業でもデザイナーやプログラマーなどフリーランスに業務委託するケースがあるでしょう。その場合、この新法の遵守(契約書の交付、適正な取引)に留意する必要があります。副業人材の受け入れに関しても労働時間の通算管理など制度面の整備が議論されていますので、社内のルールを事前に整備しておきましょう。
総じて、これからの労働法制は「より働く人に優しい」方向へシフトしていくと考えられます。長時間労働のさらなる抑制、公正な賃金、ハラスメントの根絶、柔軟で多様な働き方の容認などがキーワードです。中小企業にとって法対応は負担に感じられるかもしれませんが、発想を転換すれば職場環境を改善し人材の定着・確保につなげる絶好の機会でもあります。法令を守ることは最低限のラインですが、その先のプラスアルファの取組(福利厚生の充実や独自の働きやすさ向上策)によって他社との差別化を図れば、人手不足時代でも選ばれる企業となるでしょう。
最後に提言として、中小企業の経営者は「コンプライアンスはコストではなく将来への投資」であると捉えてください。健全な労働環境を整えることは従業員の安心とやる気を生み、ひいては生産性向上や業績アップにつながります。法改正の動きを他人事ではなく自社の成長戦略と結び付け、前向きに取り組む姿勢が大切です。今後も続くであろう労働法制の変化にアンテナを張りつつ、柔軟に対応できる企業体質を築いていきましょう。それが中小企業が持続的に発展していく鍵となります。
