「新しいメンバーが組織になじめていないようだ」「新規に採用してもすぐにやめてしまう」。人事担当者の中には、そんな悩みを抱えている方も多いことでしょう。

毎年、厚生労働省が発表している「新規学卒者の離職状況」によると、大学卒業後に入社した若手社員のうち、約3割が3年以内に退職しているというデータがあるほど、中途採用含む新入社員の短期間での離職は問題となっています。そこで注目されているのが「オンボーディング」という新規採用者の早期離職を防ぐための取り組みです。

オンボーディングとは、具体的にどのような施策を指すのでしょうか。実施するメリットや効果的な方法、企業の導入事例などをご紹介します。

オンボーディングとは何か

オンボーディングとは、新しく加わったメンバーがいち早く組織になじみ、力を発揮できるようにサポートする施策のこと。乗り物に乗っている状態を指す英語の「on-board」が由来とされ、組織の一員になるという意味の人事用語として使われるようになりました。

新規採用者が入社後に会社の風土や仕事に対してギャップを感じたまま解消できずにいると、仕事が円滑に進まないばかりか戦力としても成長ができず、結果離職につながる原因にもなりかねません。そんな事態を避けるために取り組むのがオンボーディングで、人事だけでなく上司や同僚も積極的に施策に関わることが重要です。

オンボーディングを必要としているのは、新卒はもちろん、中途入社も含めた新規採用者全員です。たとえば、OJTやメンターによる1on1ミーティング、飲み会で交流を深めるといったこともオンボーディングの一環に含まれます。

オンボーディングのメリット

オンボーディングは企業や当事者だけではなく、従業員にもメリットのある取り組みです。具体的にどのような点で効果があるのか、解説します。

コストの削減

企業が従業員1人にかけるコストは年々増加しており、「2018年卒マイナビ企業新卒内定状況調査」によると、入社予定者1人あたりの採用費平均は53.4万円、内定後にかかる費用平均は61.0万円でした。早期に離職されてしまうとこれらの費用が無駄になってしまうため、積極的なオンボーディングが必要となるのです。

生産性の向上

オンボーディングの効果が発揮されれば、新入社員が早い段階から業務にコミットできるようになり、成果を上げられるようになります。それに伴い、指導役の社員も本来の業務に集中できるようになるため、総合的に生産性が高まります。

チームのパフォーマンスアップ

オンボーディングが行われることで、新入社員がチームに溶け込みやすくなります。これによりメンバー間の理解度が増し、パフォーマンスもアップすると考えられます。

一方、従業員にとってはチームのミッションやビジョンを再確認する絶好の機会になることでしょう。オンボーディングによりコミュニケーションが活発化することで、互いの役割への理解が進み、結果的にチームの結束力も強まります。従業員の満足度の向上は組織に対する愛着を生み、離職の低下にもつながります。

新入社員の中には、周囲の空気やちょっとした言動を敏感に察し、「自分は必要とされてないのではないか」「期待されていないのではないか」と不安や不信感を抱く人もいます。それに先回りして対処することで、人材を定着しやすくするのがオンボーディングの目的と言えます。

中途採用者のオンボーディングが注目される理由

オンボーディングは、新卒者だけでなく中途採用者に対しても積極的に実施されるべきです。

そもそも企業が中途採用者を行う動機は、新卒採用と比較して、短時間、低コストでの戦力化を見込んでいるためです。しかし、その一方で採用者側は「なかなか周囲に馴染めない」「思うように仕事ができない」という不満を抱えている場合もあります。たとえ即戦力と期待されても、働く個人にしてみれば、これまでとは違う業務への取り組み、新しい社風などをすぐに受け入れ、入社直後からすぐに十分な業務推進能力を発揮することは簡単なことではありません。

そして、その背景にはチームメンバーから適切な支援が受けられていない実情が隠れている場合もあります。オンボーディングは採用者とチーム双方にとって互いの壁を取り払う意味で必要なことなのです。

特にリモートワークが進んだことも要因のひとつに

コロナ禍になってテレワークを導入する企業が増えたことで、採用もリモートで行う企業が増えました。入社後も業務のほとんどがリモートになる場合、適切なオンボーディングを実施することは今まで以上に重要となるでしょう。リモートで働く従業員は、会社や仲間、組織の気風、職場の雰囲気に慣れ親しむ機会が圧倒的に減ってしまうからです。

本来、対面で行われるべきオンボーディングをオンライン化する場合、コミュニケーションの手段を強化し、OJTのフィードバックやグループワークなど意見交換の場の充実をはかり、ITツールを活用していくことが必須となります。

オンボーディングの現状と課題

オンボーディングを社員の育成に取り入れる企業が増える一方で、課題も生まれています。

エンワールド・ジャパン株式会社が発表した「中途入社者のオンボーディング実態調査」によると、中途入社者にオンボーディングを行っている企業は71%。特に外資系企業で積極的に行われている実態が見えてきました。

また、実施方法では「対面とオンラインの両方」が、55%(外資系企業:54%、日系企業:56%)で最多に。「オンラインのみ」が外資系で36%、日系企業で15%となり、オンライン化が進んでいることがうかがえます。

実際の効果については、「とても効果を実感している」または「やや効果を実感している」と回答した企業は64%(外資系企業:70%、日系企業:50%)。半数以上が効果を実感しています。

しかし、一方で課題もあり、最も多かったのは「人的リソース不足」(外資系企業:63%、日系企業:54%)でした。また、オンボーディングを実施していない企業については、「何から取り組めばよいかわからない」といった声も聞かれました。人手不足の解消や具体的な施策についての周知が今後のカギとなりそうです。

定着率を上げるために効果的なオンボーディング施策とは

効果的なオンボーディングは事前の準備が大切です。具体的なポイントを見ていきましょう。

入社前準備

まずは、採用候補者と会社のミスマッチを防ぐため、自社のメリットばかりでなくデメリットもきちんと共有しておくことが重要です。入社後にデメリットが見えてしまうとモチベーションの低下を招くからです。

また、既存社員には、オンボーディングに関する情報を事前に伝え、教育方針を明確にしましょう。教えるべきことをリスト化し、教育担当者やチームメンバーが把握しておくことで受け入れの体制を作ります。

入社初日:オリエンテーション

入社初日が既存社員との初めての対面となる場合もあるでしょう。迎え入れる側が大切にしたいのは、何よりも”ウェルカム感”。「入社してくれてありがとう!」という気持ちを伝え、簡単なパーティーを開いたり、サプライズを用意したりして、新メンバーを喜ばせる工夫があると緊張も和らぎます。

既存社員とのコミュニケーション

新入社員が業務での疑問点を気軽に質問できる環境づくりはもちろん、メンター制度などを取り入れ、定期的に面談をするなど既存社員とコミュニケーションが活発にできる土台を用意しましょう。

チームメンバーとのランチ会や社内の部活を紹介するなど、業務外のつながりの醸成も、離職の低下に役立ちます。

OJT

しばしばオンボーディングと混同されるOJT(On The Job Training)ですが、オンボーディングが職場環境になじむための施策であるのに対し、OJTは実際の業務の流れを指導するという違いがあります。

とはいえ、OJTはオンボーディングのプロセスの中のひとつとも捉えることができ、この場面でのコミュニケーションの取り方がのちの新入社員の成長を左右します。質問や疑問に親身に応える姿勢を持ち、当人の不安を解消してあげながら適切な指導を行いましょう。

オンボーディングの際に心がけておくこと

 オンボーディングを行う上で意識したいことをポイントごとにまとめてみました。

徹底した準備

まずは受け入れ側の準備をしっかりとしましょう。

株式会社リクルートキャリアが発表した調査によると、新しく入社したメンバーの中でパフォーマンスを発揮した人のおよそ8割が入社前に人事とコミュニケーションを図っていました。採用者が決まったら、入社前から積極的にコミュニケーションを取り、相手の働く意欲を醸成していくことが大切です。

教育体制を整える

仕事は、Off-JT(職場から離れたセミナーや研修など)で学んだことをOJT(職場で実務を行う職業訓練)で実践していくことが一般的です。

しかし、Off-JTの教育担当者とOJTの教育担当者の教え方や伝え方に違いがあると、新入社員に迷いや疑問が生じてしまいます。双方の教育担当者がしっかりと連携をし、適切に導く環境づくりをすすめましょう。

適切な目標設定

いきなり大きなミッションを掲げるのは新入社員にとっても負担になります。まずは小さな目標をいくつか立て、達成する体験を積み重ねていくスモールステップ法などで仕事に慣れてもらいましょう。

また、仕事をする上で、「正解」「改善点」を新入社員が見極めることは困難です。上司や同じチームの間で共有のチャットルームを設定するなどして、フィードバックを出し合えると、安心感が生まれます。

オンボーディングの優良事例

実際にオンボーディングを実施した企業の事例をご紹介します。

GMOペパボ株式会社

3ヶ月にわたるプログラムの中では、自分自身が目指したい姿を表明する「やっていきシート」の作成、CTO(最高技術責任者)やメンターとの1on1、スケジュールランチなど、さまざまな施策があります。

また、困ったことを何でも聞ける場として、Slack上に「#pepabo-cocktail」という名のパブリックチャンネルを用意し、社内ルールについての素朴な質問ができるようにしています。

サイボウズ株式会社

入社後3ヶ月限定の研修が用意されています。

まず1ヶ月目は、組織や製品についての学習。インプットだけでなく、テストやレビューなどアウトプットの機会を設けてスキルチェックを行い、続いて2ヶ月目には提案パターンを学習します。ここで実際の商談に同席し、製品の紹介をするなど経験を積みます。

そして3ヶ月目は、販売・構築パートナーについて学び、これまでの基礎スキルをもとにデモンストレーションを交えた提案も経験。最終日には、営業本部長をはじめとした社内メンバー向けに、プレゼン形式で課題発表行います。

研修期間中は、実際に営業として活躍するメンバーがチューター(個別指導者)としてつき、研修内容の不明点から社内ルールまで気軽に相談することができます。

日本オラクル株式会社

新しく入ったメンバーが会社の印象を決めるのは「最初の1ヶ月」と考え、営業社員向けの「5週間研修」を実施しています。

まず1週目は集合研修。会社や組織、ルールなどの基礎を学び、2週目からは、時間割に沿ったOJTが始まります。上司がグローバル標準のテキストを使って教えたり、eラーニングで営業手法を学びます。3週目は、自分が担当する製品の機能やツールを学び、4週目はロールプレイを通じて、これまで学んだことの習熟度を確認。5週目は上司と習得状況を確認し、クライアントとのコンタクトの取り方などを練習して、実践に備えます。

日本オラクルではオンボーディングを「全社員の仕事」と位置づけて取り組んでいます。

まとめ

オンボーディングとは、新入社員の早期退職の防止し、企業にとって有用な人材に育成するための施策です。およそ入社3ヶ月〜半年までに集中して行うことで、企業の一員として必要な力が身につくよう、人事や上司のみならずチーム一丸となって取り組まなければなりません。

ただし、「将来どのようになってほしいのか」のビジョンを持たないまま施策だけが先行してしまうと、思うような効果が出ないことも。まずは既存社員が自社の社風や魅力を見極め、それぞれに合ったオンボーディングの方法を構築していくことが重要です。