米クレアモント大学院の中で運営されている、ドラッカーインスティテュートでは毎年米国Top250企業の従業員エンゲージメントの質の高さをランクづけしています。2020年のこの調査で一位に輝いたのがクラウドコンピューティングを通じたビデオ通話システムを運営するZOOMです。

自社のビジネスの特性やコロナ禍などの環境変化を踏まえて、従業員にとってベストなビジネス環境を整備しつつ、イノベーションの促進を目指している点がZOOMのエンゲージメント経営の特徴です。

そんなZOOMの従業員エンゲージメントを詳しくみてみましょう。

ZOOMとは?

ZOOMの従業員エンゲージメントを知るうえではまず、ZOOMという企業の特性を理解しておく必要があります。ここではZOOMの概要や業績推移、経営者Eric  S.Yuanについて紹介していきます。

ZOOMの概要

ZOOMは2011年に設立された企業で本社はカリフォルニア州サンノゼ。創業者でありCEOはEric  S.Yuanです。クラウドコンピューティングの技術を活用したWeb会議サービスを提供しています。米国ではNasdaqに上場している新興企業です。

「シームレスで安全なビデオコミュニケーション」をグローバルに普及させることを目指しており、コロナ禍でリモートでのコミュニケーション手段の需要が高まる中で、急速に業績を伸ばしました。

同社ではビデオ通話を通じて円滑なコミュニケーションインフラを整えることが、人間同士のつながりの深化やアイデアの共有を促進させ、経済発展やイノベーションの加速につながると期待しています。

ZOOMの業績推移

過去5年のZOOMの業績は右肩上がりで、まさに順調な新興企業となっています。特筆すべきが2021年1月末の業績で、売り上げが前年比4倍に拡大、経常利益に至っては26倍となっています。多くの企業がコロナ禍で業績を落とすなか、驚異的な成長を遂げています。

ZOOMの直近5年間の業績推移(百万米ドル)
出典:Kabutan

コロナ禍の環境がビデオ通話システムの需要拡大に寄与したのはもちろんですが、ZOOMが従業員エンゲージメントを意識して、働きやすい環境を整備していたことが、このような好業績の実現につながった部分も見逃せません。

自社のインフラを活かして、従業員が労働環境を柔軟に選択できるシステムをあらかじめ整備していたために、コロナ禍でもイノベーションを止めることなく好機を捉えることができたのです。

ZOOMの経営者Eric S.Yuanとは?

ZOOMの創業者でありCEOであるEric S.Yuanは、遠く離れた知人との意思疎通に不便を感じた経験を踏まえて、円滑にビデオベースでコミュニケーションが取れるツールの開発を決意。それを結実させたのがZOOMのシステムでした。

当初は(単なる電話も含めて)リモートでコミュニケーションを取るツールは他にもあったことから、投資家や同業他社などは同サービスの普及に懐疑的でした。しかし、「スムーズにコミュニケーションを取れるビデオ環境を実現する」ことをに注力し、ZOOMを現在の規模に発展させることに成功しました。

その成功の秘訣について、彼は「顧客にHappinessを届けること」を最重要視する企業文化であると考えています。この精神のもと、競合他社よりも使いやすく、円滑なコミュニケーションが可能なツールの構築に成功したのです。

また、同時に彼は「従業員同士が互いを気遣いし、Happinessをもたらすことも大切である」と考えています。ZOOMでは、従業員同士のコミュニケーションでも当然ながら自社のZOOMを使用してビジネスが進められていきます。

そのため、「ZOOMを通じて従業員同士が思いやりながら業務を進める」ことそれ自体が、ZOOMのより便利な機能やZOOMを介した効率的な業務の進め方の開発につながります。これらのアイデアが事業拡大やサービス品質の向上、そして次なるイノベーションにつながるとの考えを持っているのです。

このような彼の考え方が、ZOOMがNo1の従業員エンゲージメントを実現するに至った背景にあるといえるでしょう。

ZOOMのエンゲージメント経営

ZOOMでは、もとより顧客エンゲージメントの強化を重要視してきました。ビデオ通話サービスを営むZOOMにおいて、そのサービス品質はさることながら、顧客から「信頼される」ことがビジネスを継続するうえで不可欠だと考えていたのです。

そしてビジネスのさらなる拡大を目指す中で、次第に顧客だけでなく、従業員間のエンゲージメントにも目が向けられるようになっていきました。

ネットワークツールを営む企業としてのエンゲージメント

ZOOMでは「Make Video Communications frictionless and Secure(ビデオコミュニケーションをシームレスで安全なものに)」というのを第一のミッションとして掲げています。

スムーズなビデオコミュニケーションの普及により、ビジネスをスムーズにしたり、人々の交流を密なものにしたりと、顧客の幸福度(happiness)を高めるのに役立つと考えているのです。

ZOOMでは顧客エンゲージメントを大事にしています。そもそもZOOMの価値観として顧客ファーストの考え方が浸透しているためです。

ビデオコミュニケーションツールは、利用者が増えれば増えるほど利便性が高まり、それによりまた利用者が増えるという相乗効果を持っています。そのため、顧客に安全性・利便性を信頼してもらい、ZOOMを使い続けてもらうことが、ZOOMのビジネス拡大やミッション達成には欠かせないのです。

エンゲージメント経営で従業員との信頼構築も積極的に進める

ZOOMではコミュニケーションツールを運営するうちに「コミュニケーションの速度を早めるためにも信頼関係を高めることが大切である」と考えるようになりました。

例えば、人に何かを依頼するとき、信頼関係があるかどうかでコミュニケーションの取り方を検討したり、実際に了解を得るまでにかかる時間が異なると思います。従業員の信頼関係を高めておけば、さまざまな状況変化に組織として円滑・スピーディに対応できるのです。

このような考え方から、ZOOMでは従業員間や従業員と企業間の信頼関係を高めるエンゲージメント経営を重視しています。このような経営スタイルが、ZOOMが全米で従業員エンゲージメントにおいてトップの評価を獲得した背景にはあるのです。

従業員との8つの信頼の柱

ZOOMでは情報発信や、理念の共有のために「ZOOMブログ」というものを運営しています。

ZOOM Blogのトップ画面
出典:ZOOM Blog

このブログでは、CEOやZOOMのシニアマネジメントによる情報発信や、組織経営、テクノロジーなどさまざまな専門家の情報が発信されており、ZOOMの従業員に対して、企業理念や組織運営に対する考え方などを共有するのに役立てられています。

その中で「8つの信頼の柱」というのが発信されています。ZOOMではこの信頼の柱を大事にすることで、従業員との強固な信頼関係を維持しています。

8つの信頼の柱

  • 明確性:あいまいなものや過度に複雑なものは避ける 
  • 思いやり:自分を超えて他人のことを考える
  • 人格:正しいことをするように努める
  • コンピテンシー:常に新鮮で、時代にあったものにする、そして熟練させていく
  • コミットメント:逆境に直面しても投げ出さない
  • 接続:他の人と協力することをいとわず、熱心になる
  • 貢献:積極的に手助けし、目に見える結果を出す
  • 一貫性:継続的に支え合うことが、信頼構築につながる

出典:2021 Trust OutlookをもとにZOOM ブログにて情報発信されたもの

ZOOMマーケティング部門のアンナ・ブロゼック氏は、信頼の欠如は企業において大きなコストになりうるとの考えを示し、これら8つの信頼の柱を構築することは、エンゲージメント経営において全て重要な要素であると考えています。

もしも、この柱のうち欠けているものがあるときには、マネジメントはその要素を高めるように工夫しなければならないとZOOMでは考えています。

ZOOMが考える従業員のモチベーションアップの方法

ZOOMでは従来の金銭や高評価に伴う賞賛などによるインセンティブのみでは、従業員のモチベーションを高め信頼関係を維持し続けるのは容易ではないと考えています。

従業員の働く動機付けにおいて「Primed to Perform 」の著者、Lindsay McGregorのフレームワークを活用して、次のように整理しています。

直接的なモチベーション

  • 楽しむこと:楽しんで仕事に没頭できること
  • 目的:自分の価値観や信念と仕事の成果が一致していて、成果の実現を喜べること
  • 成長へのポテンシャル:仕事の結果が次のさらなる高みを目指すきっかけになること

間接的なモチベーション

  • 感情:やらなければならないというプレッシャーを感じること
  • 賞罰:報酬を得るため、もしくは弊害を避けるため
  • 慣性:継続している作業は維持しようとする

これらのモチベーションの源泉をケアするように従業員をマネジメントする必要があります。具体的には、次のシステムを整えておくことが効果的と考えています。

  • 全社的なアイデンティティや理念の整備・共有
  • ビジネスの構造や適切な目標を整備
  • チームの習慣づくり
  • 適切なリーダーの配置とリーダーシップスキルの醸成
  • 従業員それぞれの才能を引き出し、有効活用するシステムの構築

これらが従来の金銭や賞賛に依存しない従業員のモチベーションを醸成し、企業が不調に陥った時でも支え合える組織の構築が実現します。

エンゲージメント経営がZOOMのハイブリッドワークの質を高める

ZOOMのエンゲージメント経営は、このコロナ禍において圧倒的な強みを発揮しました。その結果、ビデオ通話ツールに対する需要の高まりを的確に捉え、冒頭紹介した業績の急成長につながったと考えられます。

ZOOMではハイブリッドワークの環境を積極的に整備

円滑なビデオコミュニケーションツールの普及をめざすZOOMでは「仕事は人々に紐づいて進められるもので、場所は重要ではない」という考えを重視しています。自社のサービスであるZOOMを徹底的に取り入れて、働く場所にとらわれないビジネスプロセスを徹底的に整備しました。

元からZOOMでは、オフィス外でも円滑に仕事ができる環境整備に向けてITやインフラ投資を積極的におこなっていました。それが、コロナ禍を経て「100%もとに戻ることはない」と考え、どこからでも、どのデバイスからでも作業ができる状態を完全に構築。オフィス内外のメンバーが柔軟に連携しながらビジネスを進める「ハイブリッドワーク」の環境を整備しています。

例えばZOOMのある社員は、フロリダからカリフォルニアに転居。カリフォルニアの気候を快適に考えながら、フロリダのメンバーとビジネスを継続しているそうです。このようにハイブリッドワークの環境は業務の効率性も、従業員の満足度も高めることができます。CEOは現在「コロナ前の非効率なビジネス環境に戻すのだけは避けたい」と考えており、ハイブリッドワークの重要性を強く感じているのです。

ハイブリッドワークが従業員と組織にもたらす効果

ハイブリッドワークの普及により、従業員にとっても組織にとっても大きな効果をもたらしています。

従業員のメリット

  • 時間の柔軟性:オフィスにいる時間・家にいる時間・外出時間をコントロールしやすくなった
  • ロケーションの柔軟性:オフィス・自宅もしくはその作業をおこなう上で便利な場所と、自由に選択して作業ができるようになった
  • 目的にかなった作業スペースの構築:これまでより自分の作業場をカスタマイズしやすくなった。また、必要に応じて他メンバーと柔軟にコラボレーションできるようになった

企業のメリット

  • 生産性の向上:従業員が効率よく働けるようになり、またモチベーションを維持しやすくなり、生産性が向上した
  • 幅広い人材の雇用:候補者の居住地を気にせず的確な人材を雇える
  • オフィスロケーションの柔軟性:これまでほど広大なオフィススペースを確保する必要がなくなり、不動産関連コストが低減

チーフレベニューオフィサーのライアン・アズス氏は「多くの社員は間違いなく、ハイブリッド・ワークの環境を希望している。ただし、ハイブリッドワークの仕組みを的確に機能させるためには、従業員同士や従業員・企業が信頼を構築することが大切だ」との考えを示しています。そしてZOOMはエンゲージメント経営の浸透により、高いレベルで信頼が構築されているのです。

エンゲージメント経営がテレワーク下でのイノベーションの原動力に

新型コロナの影響が後退するなか、企業によっては元のオフィス主体とした勤務体系に戻す企業も見られます。しかしZOOMでは過去に囚われることなく、従業員の信頼関係を高めながら、従業員にとってベストなビジネス環境を整備しています。

具体的には、次のような点をZOOMでは重視し、効果的にテレワークをビジネスプロセスに取り入れています。

  • コミュニケーション方法の一貫性・透明性の維持
  • 従業員の希望を確認し、最大限希望に沿うよう調整
  • 従業員の意見を積極的に取り入れる
  • 実験・学習の繰り返しによってベストなビジネス環境を整備していくことを共有

従業員との信頼関係を高めながらよりベストな働き方を整備することで、従業員にとってプラスになるだけではなく、信頼関係をもとに、より円滑かつスピーディなコミュニケーション・連携につながります。ひいてはビジネスアイデアや改善のための作業の速度を早めることで、イノベーションの促進にも寄与します。

テレワークが普及した世の中においては、従業員エンゲージメントの強化がイノベーションの原動力にもなると、ZOOMは考えているのです。

ZOOMはポストコロナのエンゲージメント経営の先進事例に

近年のビジネス環境を考えるときに、コロナ禍やポストコロナの環境変化を念頭においた経営が欠かせません。社員同士が非対面で作業を進めるシーンが増える中、従業員との信頼関係を構築するエンゲージメント経営の深化が必要になってきています。

ZOOMはそのビジネス特性やCEOの理念を背景に、ポストコロナのエンゲージメント経営のあり方をいち早く示した企業であるといえるでしょう。この先進事例を参考に、自社でもポストコロナ下での最適なエンゲージメント経営のあり方を検討してみることをおすすめします。