近年はメディア、SNSなどで「初任給が30年上がっていないのは日本だけ」「働かないおじさんの給与が高い」「ミレニアル世代は『報酬』」が最優先」といった、日本企業の給与についてさまざまな言説が飛び交います。
企業が、個々の従業員の貢献に見合った報酬を支払うことは、従業員にとってはモチベーション向上につながり、企業にとっても経営資源を有効に使うことにつながります。
本記事では、従業員の貢献に見合った報酬について考察します。
下がり続ける日本企業の給与は本当か?
バブル崩壊以降、日本企業の多くが評価制度や賃金制度を年功型から成果主義人事制度にシフトしようと試みてきました。もっとも、戦後の高度経済成長時代~バブル期までに運用してきた賃金モデルを急に転換することはできず、ドラスティックな変革ではなく徐々に変えてきたと言えるでしょう。
では、実際に給与はどのくらい下がってきたのでしょうか?
下がり続けている20代の賃金
いわゆる昭和型の「御恩と奉公モデル」が崩壊して成果主義にシフトしてきたといわれる日本。だからといって優秀な20代が高収入を得るケースは多くなく、それどころか減少している傾向が見られます。
以下は、独立行政法人労働政策研究・研修機構が1976年、1995年、2019年時点の20~24歳を調査した「性別、年齢階級による賃金カーブ」の図です。女性はそもそも昔も今も低い水準であり、男性は1976年、1995年より2019年時点の20~24歳の賃金カーブがかなり低いことがわかります。
昨今は、離職理由の調査ではNo.1に「給与の不満」が入ることが少なくありません。今の20代は高校、大学でキャリア教育を受けてきた世代です。終身雇用がほぼ崩壊していることを理解し、自身のキャリアプラン、人生プランに真剣なため、自分の貢献に見合った報酬がもらえないと判断したら、転職してしまう可能性は高いでしょう。
20代は体力的にも精神的にもタフであり、企業の第一線で働いている世代です。また、将来の会社を担う人材でもあります。ましてやIT化、グローバル化が急速に進み、これまでの経験則や培った知識があまり役立たなくなる可能性の高い現代は、若く吸収力のある人材は企業にとって貴重です。
若手世代の給与が低すぎるのであれば是正したほうが企業の将来にとってもプラスであることは間違いありません。
実は厳しい中間管理職の処遇
実はマネージャー層の給与も決して高くはありません。バブル崩壊以降、企業は中間管理職の数を減らし続けてきました。現在の課長相当の管理職の9割はプレイングマネジャーです。仕事の量と処遇について決して恵まれているとはいえず、厚生労働省の「平成30年版 労働経済の分析」で管理職の業務負担の見直しや処遇改善を奨励されているほどです。
管理職が貢献に見合った給与をもらっていない場合、本人だけでなく若手社員の心理にも影響を与えます。昇進・昇格に魅力を感じなくなれば転職することもあるでしょう。もし、昇進してもそれほどモチベーションが上がらないかもしれません。社内のキャリアパスに夢を持てるかどうかは大きな問題です。
研究では、賃金がモチベーションに与える影響はそれほど大きくないと言われてきましたが、給与に生活給である面がある以上、人生設計に不安を感じたり、自分の仕事量・貢献度に対して低すぎると判断すれば従業員は転職を考えます。世代間のバランスがあまりに異なることも不公平感から社内に分断が起きるリスクがあります。
海外企業と比較した従業員の報酬
よく、日本企業の給与を語るとき「まだまだ、海外と比較して高い」「海外と比較して低い」と説明されますが、実際はどうでしょうか?
OECDの2020年時点の平均年収のデータでは、先進国では下位クラスであり、韓国よりも低い状況です。
昔は高いと言われていた労働分配率も今や先進国では低い比率です。
それでも、まだまだ新興国に比べれば高いと評される日本の賃金ですが、最近は新興国の物価上昇、給与上昇によって採用に苦戦する話も珍しくなくなりました。企業の経営層、人事担当者は、自社の従業員が貧しくなっており、海外就職、外資就職にますますシフトする可能性もあると理解しておきましょう。
金銭以外の報酬には何があるか?
とはいえ、多くの企業では厳しい市場競争のなか、従業員の給与を上げることができない現実もあります。その場合、金銭以外の報酬でいかに貢献に報いるかが他社との差別化のポイントとなります。
褒める、称賛する、注目する
2008年に生理学研究所で行ったMRIを活用した実験では、人は褒められるときに金銭を得たときと同じ脳の領域が反応する研究結果が出ています。また、日本及び7ヶ国で行った脳卒中のリハビリの実験でも、「褒める」と回復のスピードが速くなるという結果が出ています。
近年は、従業員同士が称賛し合うことを仕組み化したITツールも増えています。褒めることは従業員の心理面では大きな報酬であり、企業としても褒めることで従業員が成長し定着率もよくなれば生産性が向上します。しかも、「褒める」カルチャーの醸成に必要なのはマインドの持ちようを変えればよいだけなので、大きな投資は不要です。
裁量権の拡大
ワーク・エンゲージメントとは、仕事にポジティブに取り組み活力、熱意をもって没頭している度合いのことを指します。人事領域で知られるJD-Rモデルによると、ワーク・エンゲージメントに影響する要因は「仕事の支援」と「仕事の要求度」に分けられます。
ワーク・エンゲージメントを高めるには、以下の図のように個人の資質もありますが、「裁量性、コントロール」「仕事のパフォーマンスに対する正当なフィードバック」「上司によるコーチング」など会社が提供できる資源があります。裁量権を拡大することで、従業員が自己有用感を増します。
1on1などを通じたコーチング、キャリア開発の支援を行うことでキャリアに自律的になれるなど従業員のメリットにつながり、これも一つの報酬と捉えられるでしょう。もちろん、会社にとってもプラスです。
以下に、社員を称賛する効果を体現している企業の例を紹介します。
Googleのピアボーナス制度
近年は、従業員が互いに称賛し合える機能を持つITツールが増えています。元々は、各種働きたい会社ランキングで常に上位にランクインするGoogle社の「ピアボーナス制度」がオリジナルだと言われます。自分を助けてくれた同僚に感謝の印として金券、メッセージなどを贈る仕組みです。
褒めることは、前述の研究結果でわかるように脳の報酬系を刺激し、モチベーションを高める効果があります。もちろん、Google社は給与も高く職場環境も世界でもトップクラスの企業なので、それだけが要因ではないものの、常に革新的で成長し続ける企業の取り組みには、見習うべき点が多くあります。
最近では、日本でもピアボーナス制度に近い仕組みを導入する企業が増えつつあります。
離職率を15%→6%まで低下させた株式会社友安製作所
株式会社友安製作所(カーテンフック・線材加工品メーカー、従業員数55名)では、半年に1回、従業員同士が互いに努力や検討をたたえたい人に投票しあい、貢献を称える制度「TOMOYASU AWARD」を実施しています。上位の従業員は社内イベント時に表彰され、賞金も送られます。
役員を含めた全員がニックネームで呼び合うルールの導入、定年を70歳まで延長(年齢により給料の引き下げは行わない)、外国人社員の積極的な雇用、社長によるマンツーマンの個人面談実施、賞与支給の際に社長がコメントを書くなど、称賛し合う仕組み以外にもワーク・エンゲージメントを高めることにつながる施策を実施しています。
(成果)
同社では、業態転換に伴う離職率が高いことが課題でしたが、離職率は3年間平均で15%から6%まで低下しました。事業は順調に成長しており、商品力、生産性向上などを評価され多くの賞を受賞しています。
- ネットショップ大賞2013中期 生活・インテリア部門 1位
- ネットショップ大賞2014年間 インテリア・家具部門 1位
- ネットショップ大賞2016GRANDPRIX インテリア・寝具・収納部門 1位
- 第17回ホビー産業大賞 日本ホビー協会賞
- 働きやすく生産性の高い企業・職場表彰 優秀賞
- 大阪ものづくり優良企業賞2017 匠
- 令和元年度 新・ダイバーシティ経営企業100選
まとめ
企業が従業員に与えられる報酬で、もっとも大きなものは賃金であり雇用の安定でしょう。しかし、厳しい市場が続くなか実現が難しい企業も多いと思います。
金銭だけでなく、仕事の裁量権が大きく従業員が成長できる環境があったり、称賛しあえるような魅力的な社風など、今の従業員の貢献に対して報いるさまざまな報酬を用意して魅力ある企業を目指すことが大切です。自社が実現できそうな領域から着手してみましょう。
参照:
・Google社のピアボーナス制度
・9割以上の部長がプレイングマネジャーという実情。管理職の「働き方」はどうあるべきか
「褒められる」ことは報酬— 脳の”喜ぶ”様子を画像で捕らえた!—生理学研究所
・「褒める」と脳が回復する!言葉が持つ驚きのパワーとは
・「”褒められる”と”上手”になる」ことを科学的に証明