グーグル(Google)やフェイスブック(FaceBook)、アマゾン(Amazon)など、米国の巨大テック企業の時価総額がうなぎ登りであることが、近年ニュースなどで取り上げられます。こうした企業のほとんどは創業から20~30年程度しか立っていません。
テック系企業のなかでも、GPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)やDPU(データ・プロセッシング・ユニット)などハードウェア面で次々と先進的なイノベーションを起こしているのが、エヌビディア(Nvidia)です。
創業から30年弱のエヌビディアが半導体メーカーでリーディング・カンパニーへと登り詰めた背景には、従業員エンゲージメントを大事にしていることが挙げられます。事実、多くのテック系企業が密集するシリコンバレーにあって、離職率は5%未満しかありません。
台湾出身のCEOがどうやって離職率の低い企業を作り上げたのかーーそこには、従業員エンゲージメントを高める5つの核があったのです。
エヌビディアとはどんな企業なのか?
エヌビディアの従業員エンゲージメントの独創性を理解には、背景にあるエヌビディアという企業について知っておく必要があります。
ITバブルを生き残った数少ない企業の1つ
GPUベンダーとしてトップランナーを走り続けるエヌビディアは、AMDやインテルと並び称される半導体メーカーです。老舗の大手半導体メーカーに先駆けてGPUの開発に取り組むなど、エヌビディアが生み出したイノベーションは数知れず。
この非常にイノベーティブな半導体企業を創業したのが、台湾出身のアメリカ人であるジェンスン・フアン氏です。AMDやLSI Logicといった半導体メーカーでマネージャとして働いていたフアン氏は、1993年にエヌビディアを創業。1999年には、世界初のグラフィクス専用処理プロセッサ「GPU」を開発します。
日本と比べても、企業の栄枯盛衰が激しいアメリカ合衆国。ITバブルだった1990年代にはGPUメーカーは24を超えましたが、現在で生き残っているのはエヌビディアとAMDくらいです。スタートアップ企業が次々と誕生するカリフォルニア州シリコンバレーにあって、エヌビディアは成長を続け、最近では英国のアームや、Mellanox Technologiesを買収するなど、巨大化しています。
数々のイノベーションを生み出す
エヌビディアの特色は、イノベーションだといっても過言ではありません。GPUの発明を皮切りに、ネットワークやセキュリティ処理に特化したプロセッサ「DPU」や、AIによるリアルタイム処理を可能にする「Turingアーキテクチャ」式GPUを開発。AIやIoT、5G時代には欠かせない技術を先駆けて開発しただけでなく、ベンダーとしても最大手になっています。こうしたエヌビディアの業績をたたえ、数々のイノベーションの賞を獲得しています。
3.8%しかない離職率を支える従業員エンゲージメント
こうしたエヌビディアの成長を支えているのが、従業員エンゲージメントです。ドラッカー研究所が発表した企業ランキングでは、グーグルやアップル(Apple)、マイクロソフト(Microsoft)と並んでトップ10入り。また、フォーブス誌が発表した「企業市民ランキング(Just100)」で半導体業界最高位を獲得。従業員の給与(Libable Wage)、従業員教育(Workforce Investment & Training)、福利厚生(Benefit & Work-Life Balance)などの項目で、平均を大きく上回る評価を得ています。
エヌビディアの従業員エンゲージメントの評価は外部だけでなく内部からも高いことは、、1,000人以上の従業員を抱える企業を対象にした匿名職場評価サイト「Glassdoor」の「Best Place to Work in 2021」で2位にランクインしていることからもわかります。
高い評価を得ているエヌビディアの従業員エンゲージメントは人材採用の段階から始まっているといっても過言ではありません。そのことは、後述するフアン氏のメッセージから示唆されます。
人材採用
エヌビディアは従業員が最大の資産だと考えます。そのためには、優秀な人材を採用し、開発、リテンション(人材確保)が重要になります。2021年会計年度(以下、FY21)には1,500人を採用。そのうち36%が内部推薦によるものなど、エヌビディアに相応しい人材を採用しています。
人材開発
人材開発のために、上司や先輩からマンツーマンで指導を受ける「オン・ザ・ジョブ制度」を採用。ディスカッションやフィードバックを取り入れ、自分のペースで学習できます。
福利厚生
福利厚生は、国内では401kプログラム(確定拠出年金制度)、国外では法令による年金プログラムを含めて、従業員とその家族をサポートします。
また、フレックス制を採用することで、仕事のスケジュールは従業員の自由な裁量にゆだねられます。
昇進制度
公正な判断に基づく給与や昇進を行うため、第三機関に判断を委ねています。FY21には従業員の11.4%が昇進。女性の昇進は19.5%にも及びます。また、昇進のスピードに関しても公平性が確保されています。
こうした努力の甲斐もあって、離職率は長年低い数値を維持しています。の離職率はたったの3.8%。ハードウェア産業の離職率の平均が15.3%なのと比較しても、かなり低い数値に抑えられていることがわかります。
エヌビディアが大事にする企業文化
エヌビディアが大事にしているのが企業文化。ピーター・ドラッカーが「企業文化は戦略に勝る」という言葉を残すなど、企業文化の醸成や変革にいかに取り組んでいくかは、企業の未来を左右するといっても過言ではありません。
“Culture eats strategy for breakfast, operational excellence for lunch and everything else for dinner.”
(文化は戦略を食う)
Peter Drucker, Culture Eats Strategy for Lunch
戦略の有効性よりも企業文化こそが企業の成功を決定づけるというのです。
エヌビディアが企業文化を大事にする姿勢は、巨大企業へと成長する前から現在まで変わっていません。それは、約20年前のフアン氏のスピーチからもわかります。
フアン氏はスタンフォード大学の学生を前に
“It is the company’s choice to figure out and decide who to let in and who not to. …It is the company’s choice to decide what kind of engineers irrespective of their talent but also their character and their personalities and the value systems to let into the company. It is our choice. That choice ultimately goes into what the bucket I call “culture.”
(誰を採用するのかを決めるのは企業だ。つまり、固有の価値観やパーソナリティなどをもったエンジニアを採用するのだ。この選択を「容器」の中に落とし込んだものー-これこそが「文化」である)。
Jensen Huang
と語ります。エヌビディアにとって企業の方向性を決めるのが企業文化なのです。
エヌビディアの企業文化
企業文化とは、一言で述べると、従業員が共有する価値観です。すべての価値観がオリジナルである必要はありません。約8割は企業で共通、残りの約2割が独自のものだといいます。
エヌビディアが掲げるのが「One Team(1つのチーム)」です。言い換えると「公平性」です。そこには政治や階級はありません。個人が尊重される「場」だけが存在します。
こうしたエヌビディアの企業文化は従業員の多様性に反映されています。世界中からさまざまな人種の人材がエヌビディアに集まっています。
出典:2021 NVIDIA CORPORATE SOCIAL RESPONSIBILITY REPORT
性別による差別もありません。事実、女性従業員の数は年々増加傾向にあります。
出典:2021 NVIDIA CORPORATE SOCIAL RESPONSIBILITY REPORT
エヌビディアにとって大事なのは、誰もが道徳的に振る舞えるような環境づくりです。報復を恐れて思ったことを何も言えないような企業では、イノベーションは生まれません。企業も成長しないでしょう。
こうした企業文化を従業員が共有できるようにためには時間や手間がかかります。エヌビディアでは2年かけて、従業員に誠実さを身に着けてもらうよう教育します。非道徳的な行為には、セクシャルハラスメントや贈賄などが含まれます。
もし誰か従業員が違反した場合には、NAVEX社が開発したサードパーティ製のレポートシステム「EthicsPoint」にて秘密裡に報告できます。違反した従業員に対して、エヌビディアは厳正に対処するといいます。
従業員エンゲージメントを高める5つの核
エヌビディアによると、企業文化は以下で述べる5つの価値から派生しているといいます。5つの核が、最終的には従業員エンゲージメントを高めるのです。
1つのチーム
従業員が情報を共有できるオープンな環境ーーそれが1つのチームです。1つのチームの成員であることが、従業員のモチベーションを高めます。
1つのチームは、決して従業員同士の衝突を否定するものではありません。衝突は従業員間での意見の相違を解決し、アイディアを洗練させ、連携を生み出すのです。
知的誠実さ
エヌビディアは従業員に高い倫理性を課します。そのひとつが「知的誠実さ」です。従業員が自らを知り、能力を見極めます。誤りから自らの弱点を見つけ出し、学習すること(トライ・アンド・エラー)が、自らを成長させます。
イノベーション
GPUやDPUなど、数々のイノベーションを生み出したエヌビディアにとって、イノベーションとは顧客を喜ばせる製品を作ること、そして業界標準にとって有益な製品を作ることです。
エヌビディアは、従業員にイノベーションを起こすことを奨励します。
スピード
「トライ・アンド・エラー」も「イノベーション」も長い時間を要してしまっては、時代の潮流に乗ることはできないでしょう。迅速にPDCAを実施してこそ、成長が期待できます。
優れたプロダクト
エヌビディアには、世界中から非常に優秀な社員が集まります。各従業員は一歩先んじようと努力し、ベストな仕事を行います。プロダクトがきちんとした形へと昇華されるまでには、莫大な時間がかかりますが、企業がそれを阻むことはありません。
エヌビディアは従業員エンゲージメントの可視化にも取り組んでいます。生体信号を利用して従業員エンゲージメントを計測する「パルスサーベイ」を採用。第三者によるデータ解析システムを導入することで、迅速に従業員エンゲージメントへの対応が可能です。
自己体験から企業文化を形成していったエヌビディア
1990年代後半にあったGPUベンダーのうち、残っているのはAMDとエヌビディアのみ。GPUに目をつけたエヌビディアに先見の明があったものの、成功がずっと続いたわけではありません。
従業員にゆだねることや誤りから学ぶことを企業文化にまで据える契機となったのが、エヌビディアが最初に開発した「NV1」チップです。フアン氏は企業戦略としてNV1に高価なメモリを使用。こうした戦略に対し、セガなどの取引先企業はであるセガは戸惑いました。
ところが2年後にはメモリの価格が急落し、ライバル企業に対してアドバンテージはなくなってしまいます。さらに追い打ちをかけたのが、セガなど取引先企業の離脱。NV1チップは無駄になります。苦境に立ったエヌビディア。フアン氏は110人中70人を解雇したといいます。
この時に学んだのが、「企業文化は戦略に勝る」です。企業戦略にエンジニアを従わせようというのではなく、エンジニアの意見を重視するというのです。失敗から学んだあとのエヌビディアについては、皆さんのほうが詳しいことでしょう。
失敗から学ぶ知的誠実さがあったからこそ成功を掴んだエヌビディア。私たちも先人たちの智慧から学び取りたいですね。