報酬制度の設計は、企業の安定経営においてとても重要です。従業員のモチベーション向上に対し大きな影響を持つ一方で、企業の人件費の水準を決定づけるものでもあります。

一口に報酬制度といってもさまざまな種類があり複雑なため、適切な報酬制度を決めかねている企業も多いようです。

この記事では報酬制度の基本や決定プロセスや、報酬制度の一環として検討させるインセンティブ制度について、事例も交えながら紹介していきます。自社の報酬制度を検討するうえでの参考にしてみてください。

報酬制度とは?

企業経営において報酬制度の整備は、人材マネジメントと財務管理の両面から重要です。まずは報酬制度の定義や役割、種類について確認しましょう。

報酬制度の定義

報酬制度とは、企業が従業員に支払う報酬のルールを定めたものです。従業員の働きぶりに応じて公平な報酬が従業員全体に行き渡るよう、適切な制度設計が大切です。

従業員のモチベーション維持の観点からは、社内だけでなく、同じ地域の企業や同業他社と比較したうえでの適正水準をも意識する必要があります。

また、過度に優遇した報酬制度を設計すると、今度は企業財務の圧迫要因となります。

従業員のモチベーション維持と企業財務の安定の両面を踏まえながら、適正な報酬水準となるように工夫して制度設計を進めることが大切です。

報酬制度の役割

報酬制度には次の3つの役割があります。

  • 従業員のモチベーションを高め、企業が期待する働きを促す
  • 人材の確保や定着を促進する
  • 人件費をコントロールする

報酬は従業員にとってモチベーションの重要な源泉となります。従業員が満足する報酬を支払うことで、従業員は企業の期待に応えて、高いパフォーマンスをあげるよう最善を尽くしてくれるのです。

また、優秀な人材が他社に流出せずに、継続的に働いてもらうためには、納得感の高い報酬を支払う必要があります。逆に他社から質の高い人材を獲得するためには、他社よりも魅力的な報酬を提示するのが有効です。

一方で、報酬は企業の人件費の大きな部分を占める要素であるため、報酬制度は人件費をコントロールする意味合いも。業績好調な時に、業績に大きく貢献した従業員に潤沢な報酬を支払う設計にすることで、業績水準とマッチした報酬支払いが可能になります。

報酬制度の種類

報酬制度に次のようにさまざまな種類があります。多くの企業では、これらの一部もしくは全てを組み合わせて報酬制度を構成しています。

基本給
月給のベースとなる基本賃金です。通常は勤続年数や業績評価、年齢などによって定められます。賞与の支給額を決める際の要素となっている企業も多いです。また、残業代は基本給を時給換算して、一定の割合を上乗せして計算するのが一般的です。

能力給
従業員のスキルや能力、専門性に応じて支給されます。専門性の証として資格保有などを基準とするケースもあります。独自の評価基準を定め、基本給に上乗せする形で月例で支給するのが一般的です。

職務給
従業員の業務内容や職務の価値に応じて支給される報酬です。実質的には組織のポスト=役職に応じて支給されるケースが最も一般的で、役職手当はこの職務給の一種といえるでしょう。また、特殊なスキルや知見を必要とする専門職に対して支給するケースもあります。こちらも月例で支給するのが一般的です。

賞与(ボーナス)
月例給与とは別に、基本給の水準と個人業績、企業業績などを勘案して水準を決定する制度になっているのが一般的です。年一回から、多くて四回程度のケースがみられます。

インセンティブ
従業員のモチベーション維持のために支給される報酬です。個人業績に紐づいて支給する制度になっているケースが多く、成績が企業の売り上げや収益に直結する営業員などのモチベーションを高めるために導入されます。

諸手当
残業代、住宅手当、通勤手当などさまざまな手当が設定されているケースが多いです。福利厚生の一環とみなされる場合がある一方で、残業代や住宅手当などは月例給与に合わせて支給されることが多いため、実質的に報酬の補完要素となっています。

従業員に受け入れられる報酬制度の設計手順

企業の報酬制度を設計する際には、適切な手順を踏んで進める必要があります。バランスの取れた報酬水準の設計を心がけるだけでなく、従業員としっかりコミュニケーションを取り、納得感を得るのも大切です。

報酬制度の現状分析

現在の報酬制度の現状分析をおこないます。現状の人事評価の制度、および企業の人員構成や給与水準のデータを集めるとともに、従業員からのヒアリングなどをおこなって報酬制度の課題を洗い出します。

例えば次のような課題がしばしば浮き彫りになります。

  • 特定の年次から極端に報酬が高くなる
  • 職務給が小さすぎて管理職になる意欲が醸成されていない
  • インセンティブ部分が大きすぎて短期的利益を追求する社員が多い

これらの課題解決を目的に報酬制度の設計を進めていくことになります。

報酬体系の設計

課題を踏まえて、より適切な報酬体系を構築していきます。多様な報酬の種類をうまく組み合わせて、より全従業員のモチベーションにつながる、公平性の高い報酬が支払えるよう工夫するのが大切です。

また、透明性の高い報酬制度にするためには、報酬それぞれの支給目的もまとめておくとよいでしょう。

報酬体系のイメージ

内部要因・外部要因を踏まえた報酬水準の設計

報酬項目それぞれの水準を決めていきます。内部要因、外部要因の双方から踏まえて公平性の高い水準を意識します。

まず、内部要因としては、社員間で不公平感が出ないように注意することが大切です。例えば次のような着眼点が考えられます。

  • 業績の良い社員を優遇する・・・インセンティブやボーナス水準を高くする
  • 勤続年数が長い社員を優遇する・・・基本給の割合を大きくする
  • 重要な役職につく人材を優遇する・・・職務給の割合を大きくする

どのポイントを重視すべきかは企業の方針によります。すぐに成果を出す従業員が育って欲しいのか、長期間にわたり同じ従業員に働いて欲しいのか、などそれぞれの企業の方針により、適した報酬水準のバランスは変わってきます。

また、もう一つの公平性が外部要因です。その地域や同業他社対比で水準が低ければ、人材流出が進んでしまいます。かといって高すぎると、自社だけ人件費が嵩み競争力が落ちてしまうため、適切な水準の見極めが大切です。

報酬テーブルの設計

設計した報酬体系・報酬水準を踏まえて、報酬テーブルを設計します。基本給・賞与・職務給などそれぞれの項目の具体的な支給額を一覧にします。

評価上下や昇格前後の給与変動や、また年齢構成など組織構造が変わった場合の人件費へのインパクトなどを踏まえて、テーブルをデザインしていきます。

報酬シミュレーションと調整

ここまでで一旦報酬制度はできあがっていますが、中長期的に企業が運用可能な制度であることを最後に確認します。

将来5年後、10年後など年数が経った場合にも人件費を問題なく支払い可能か検証します。年数経過に伴う組織構造の変化を加味するのはもちろんですが、業績好調・悪化の際にも適切な報酬水準となっているかも確認しましょう。

年数経過のシミュレーションイメージ

年数経過により人件費が高くなる場合の検討ポイント

  • 年功序列となる基本給の上昇幅が大きすぎないか?
  • 昇進者が多い年に職務給の支払いが過度に増大しないか? など

一方で「今後のビジネス拡大を見通せば、人件費の増加は問題ない」と判断する場合もあります。自社の経営環境も踏まえて判断することが大切です。

従業員とのコミュニケーション

最後に従業員とのコミュニケーション方法を整理します。報酬制度の改定の目的と、従業員におけるベネフィットを的確に伝えることで、納得感を得る必要があります。各報酬の支給目的をきちんと伝えることで、報酬制度の透明性も高まります。

例えば、次のような方法を通じて従業員に新制度を浸透させるのが一般的です。

  • 社員の全体説明会
  • 冊子や書面による報酬制度の資料配布
  • 各従業員への通知書

報酬制度と合わせて検討すべきインセンティブ制度とは?

報酬制度の中の一種としてインセンティブ制度を設ける企業も増えています。個人成績などに応じて支給されるインセンティブは従業員のモチベーションを高めるうえで有効です。

インセンティブ制度とは?

インセンティブは、従業員にやる気を起こさせるあらゆる制度を指します。金銭での報酬のほか、表彰、出世機会やプレゼントなども当てはまります。

従業員のモチベーションを高め、全力で働いてもらい、また優秀な従業員を企業に定着させることなどを目的として、工夫を凝らしたインセンティブ制度が運用されています。

インセンティブ制度の5つの種類

一般にインセンティブというと金銭支給の制度がイメージされがちですが、本来は次の5種類があります。

物質的インセンティブ
業績に応じて金銭や物品を与えるものです。インセンティブ賞与の支給や、報奨として旅行や商品を贈る例があります。

評価的インセンティブ
個人成績に応じて評価を上げること。単純に社内の地位を高める場合もありますが、表彰制度などもこちらに含まれます。

人的インセンティブ
特定の上司・先輩や同僚などと働くことでモチベーションを高めるというもの。例えば、プロジェクトベースで働く業種において希望の従業員を選んでチームアップできるシステムなどは、人的インセンティブを与える制度として考えられます。

理念的インセンティブ
企業理念や価値観に共感して従業員のやる気を引き出す方法です。従業員の共感を得られるような企業理念や中計目標などを定めることが理念的インセンティブにつながります。

自己実現的インセンティブ
従業員の夢やキャリアビジョンを達成させることをモチベーションに繋げるものです。制度としては、資格取得の支援制度や公募性の柔軟な異動システムなどが考えられます。

インセンティブ制度設計のポイント

インセンティブ制度は従業員のモチベーションを高めるうえで有効ですが、次のようなポイントに注意しましょう。

従業員全体を対象にする
インセンティブ制度はハイパフォーマーが優遇されるシステムを設計しがちですが、企業経営の観点からはむしろ平均的な従業員のモチベーション引き上げが大切です。

達成可能だが適度に困難な目標が理想
インセンティブの基準が達成不可能では、モチベーションアップにつながりません。達成可能な目標とすることはまず大前提です。

一方で、簡単すぎて従業員が能力を発揮する必要がなければ、やはり効果は薄まってしまいます。適度に難しい目標であるのがより望ましいといえます。

目に見える成果だけでなくプロセスや間接的な貢献も加味する
目先の営業成績のみを評価対象とするだけでなく、頑張って能力をつけた従業員や、組織全体のプラスになる間接的な貢献をした従業員も評価しましょう。こうした人材のモチベーションを高めることが、長期的な企業経営においては有効です。

インセンティブ制度の事例

ここでは具体的なインセンティブ制度の事例を二つ紹介します。企業のインセンティブ制度設計を検討するうえでの参考として見てください。

保育園におけるポイント制表彰制度
とある保育園では、待機児童が深刻化する中で、保育士の人手不足と高い離職に悩んでいました。そこで、月一回頑張っている保育士にポイントを付与し、多くたまった保育士を表彰する「サンクスポイント制度」を設けました。

保育士のモチベーションアップにつながるとともに、導入前に40%あった離職率が10%程度まで低下したそうです。

生命保険会社におけるインセンティブ制度改革
同社では元々、営業成績に応じたインセンティブ賞与は存在していましたが、従業員のモチベーション維持に課題を感じていました。

そこで、360度評価を通じて社員間を評価し「承認」を得る機会を増やす取り組みをおこないました。また、最終的な営業成果だけでなく、営業プロセスや努力に対するインセンティブ付与も開始。小さな成功体験を積み重ねることでモチベーションを高めることに成功しています。

欧米の報酬制度の特徴

ここまで日本の報酬制度を中心に見てきましたが、海外の報酬制度も見てみましょう。グローバル企業や外国人を多く雇用している企業などの場合は、海外の事例も参考に報酬制度を設計するのも一案です。

年功序列よりも業績評価や能力を重視

欧米では年功序列という考え方はあまりなく、能力や業績評価を主体として報酬を決める傾向にあります。

一般的には低い職階では職務内容に応じて給与が定められます。経験が積まれることで職務が上がり、昇給していく体系です。一方で、マネージャー層になると、業績や成果をもとに報酬が決められる部分が多くなります。

従業員のランク付けを止める動きも

人事評価について所定のランク階層を用意して従業員を当てはめていく手法を撤廃する動きが進んでいます。

相対評価の色合いが強くなるため、社員全体のレベルに評価が影響されてしまうこと、そして低ランク社員のモチベーション低下の弊害が大きいためです。

ランク付けによる評価制度の代わりに、上司が従業員と積極的にコミュニケーションを取りながら目標を定め、達成難易度や達成度合いで評価する動きが進められています。

諸手当や福利厚生も日本と異なる

諸手当・福利厚生は全般的に日本より少ない傾向が強いです。例えば手当で言うと、通勤手当を支給する米系企業は少数派。また住宅手当などの制度もないケースが多いです。

保険について、健康保険が福利厚生として整備されているケースは多いですが、眼科保険や生命保険を導入する米系企業は決して高くありません。米国には日本のような皆保険制度がないため、保険部分の福利厚生は基本的に日本より薄いといえます。

報酬制度を整備して従業員のモチベーションアップにつなげよう

報酬制度は企業の安定経営を実現するうえで、丁寧に設計していかなければなりません。多種類の報酬をうまく組み合わせて、最適な報酬制度を設計していきましょう。

従業員のやる気を引き上げるためにはインセンティブ制度の設定も有効です。ただし、いたづらに人件費を高めるのに抵抗がある場合には、今回の事例も参考に、金銭以外のインセンティブ制度も検討しましょう。

適切な報酬制度により、従業員のモチベーションアップにつなげるとともに、人件費を適切な水準にコントロールすることが、企業経営においては大切です。