アップル(Apple,Inc)は、1977年にスティーブ・ジョブズ、スティーブ・ウォズニアック、マイク・マクーラの3名で設立され、2021年には時価総額が世界一の2兆ドルを超え、世界各国に500店以上の直営店を持ち、147,000人の従業員を雇用しています。

iMac、iPad、iPhone、Apple Watchと革新的な製品を次々と開発してきたアップルは、消費者に斬新で魅力的な体験を提供し続けてきた一方で、年間売上高が2,000億ドルを超えた2015年以降、従業員の定着率を90%近くまで向上させ、10年以上もGlassdoor Employees’Choice Awards※で「最も働きがいのある会社100社」に選ばれ続けているというから驚きです。
※Glassdoor Employees’Choice Awardsとは、米国の企業を過去1年間の仕事、職場環境、雇用主に対する従業員のフィードバックに基づき評価した賞。

今回は、巨大IT企業アップルがどのようにして業績の向上と従業員の定着率UPを実現できたのか、その従業員エンゲージメント戦略についてレポートします。

従業員エンゲージメントの源泉

よく従業員エンゲージメントを説明するときに、「愛着」「絆」「信頼」「共感」などの言葉が登場しますが、これは従業員の会社に対する評価であり、従業員の定着率を重視するところから来るものと考えられます。

しかし、従業員エンゲージメント調査の草分け的存在で、人材コンサルティング分野では世界的なリーディングカンパニーWills Towers Watsonが考える従業員エンゲージメントの定義はちょっとニュアンスが異なります。

従業員エンゲージメントとは、会社が成功するために、従業員が自らの力を発揮しようとする状態が存在していること

これは、従業員が会社のゴールを理解し自発的に貢献しようとするもので、会社の業績向上を重視しています。

Wills Towers Watsonの調査では、持続可能な従業員エンゲージメントの評価が高い企業は、大半が業界の成長を上回る業績を達成し、評価が低い企業の約3倍も営業利益率が高いという結果が出ており、同時に、低い欠勤率、低い離職率、高い総資産の伸び率なども分かっています。

同社の最新の分析では、従業員エンゲージメントを導く要因はEmployee Experience、つまり、従業員が会社で経験する ①PURPOSE、②WORK、③TOTAL REWARDS、④PEOPLEの4つとしてします。

今回は、従業員エンゲージメントを導くこの4つの要因に基づいて、アップルの従業員エンゲージメント戦略をレポートしたいと思います。

要因⒈ PURPOSE

PURPOSEとは、理念・ビジョン・価値観などを通じて、会社が従業員に提供できる価値(EVP)を伝え、従業員が会社に所属する強い目的意識を醸成すること。

EVP(Employee Value Proposition)は、従業員が会社にもたらす能力や経験の見返りとして、会社が従業員に提供するものですが、具体的には報酬、休日、福利厚生、教育、ヘルスケア、職場環境、各種サポート体制、ワークライフバランスなど従業員を取り巻くさまざまなものが含まれています。

ここからは、米国で転職時などに利用される企業データ比較サービスを運営しているCOMPARABLY社の評価データも併せて紹介しますが、同社が扱っているのは、実際の従業員による企業評価データで、アップルに関しては1,000名以上の従業員が評価に参加しています。

COMPARABLY社のデータによると、従業員がアップルにとどまる理由のトップは「報酬と福利厚生」でした。

アップルの報酬については、2020年にArjunaCapitalのGenderPay Scorecardにより、テクノロジー業界の賃金平等でトップランクを獲得するなど、高額であることが知られています。

しかし、アップルの従業員エンゲージメント戦略を知る上では、きめ細やかな福利厚生にも注目しなければなりません。インターネット上で紹介されているものだけでも、次のようなものがあります。

  • 社員全員を対象とする株式報酬制度の導入
  • Apple製品の従業員割引
  • 業界水準よりも高額な報酬
  • 高額な年金制度
  • いつでも取得可能な有給休暇
  • 有給の介護休暇
  • 社会保険を補完する追加の医療給付
  • 出産した社員に対する段階的職場復帰プログラム
  • 保育サービス、高齢者介護、弁護士などを探すための無料ガイダンス
  • フィットネスセンターの利用、及びフィットネス関連費用の補助
  • 通勤用のシャトルバス
  • 通勤交通費の補填

上記の他に、「401k」と呼ばれる米国の企業年金制度を導入している点が従業員から高い評価を得ています。これは、「確定拠出型年金」のことで、従業員が給料から一定額を積立て、企業の拠出分と合わせて自分で年金を運用するものです。

株式報酬制度と併せて、退職後の生活に必要な資金を蓄えられる「401k」は、従業員が将来に不安を感じることなく働ける環境づくりに大きく貢献しています。

また、充実したプライベートの生活に影響がある「仕事と生活のバランス(ワークライフバランス)」について、COMPARABLY社のデータでは、残業の少なさや休日の取りやすさなどから60%以上の従業員が高い評価をしています。

このように、アップルは従業員に対し「報酬」や「福利厚生」を通じて所属するメリットをさまざまな角度で提供することによって従業員エンゲージメントを高めているのです。

要因⒉ WORK

WORKとは、最新のツールや技術を活用し働き方や業務の進め方などを常に変革し、従業員の能力を十分に引き出すことができる職場で素晴らしい成果を出すことです。

アップルの強みは単なる革新性だけではなく、所属する部門にこだわらず社内・社外のチームとのコラボレーションを歓迎し、誰にでも発言する機会を与える柔軟な組織にあります。

例えば、写真チームとエンジニアリングチームのコラボレーションは、全ての肌の色が自然に見える色補正機能を生み出し、ビデオエンジニアリングチームと視覚障害者コミュニティとのコラボレーションはLiDAR(ライダー)スキャナの開発に貢献しました。

このように、アップルではリテール、ハードウェア、マーケティングなどの異なるチームが敬意を持って率直に議論をし、アイデアを出し合い最適な解決策を導き出すという文化が根付いています。

従業員が自分の仕事が、革新的な製品の開発に貢献し世界に影響を与えているという感覚は従業員の大きなモチベーションとなっています。

COMPARABLY社の調査データでも、74%もの従業員は自分が成した成果をアップルが認めていると感じており、これが従業員の自信や満足感、そして従業員エンゲージメントへとつながっているのです。

要因⒊ TOTAL REWARD

TOTAL REWARD(総合的な報酬)とは、金銭面の「報酬」だけではなく、育成サポート、キャリアアップ機会の付与、ウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること)などを含む総合的な概念で、公平な賃金や個人の成長を支援する体制が大きな役割を担います。

同一労働同一賃金のコミットメント

アップルは、長年、同一労働同一賃金を支払うという確固たるコミットメントを持ち、世界中の全ての性別、全ての人種・民族の従業員に対し、同等の経験とパフォーマンスで同様の仕事を行う時には同じ報酬を支払っています。

教育・トレーニング体制

また、アップルはキャリアパス(昇進の道筋)をサポートするための体制作りに力を入れており、全ての従業員が成長し能力を開発するための全社的なサポートや、教育・トレーニング体制を構築しています。

例えば、Apple Universityでは、Appleのカルチャーや組織、価値観、世界における役割を理解するためのクラスやセミナーを開催し、オンラインクラスでは、ビジネスやソフトウェアに関連する一般的なスキルを磨くこともできます。

従業員にとって自身のスキルアップや能力開発へのサポート体制があることは、昇進や希望する部署に移動するためのチャンスに繋がります。

適切なフィードバック

サポートと同じくらい重要なのは、従業員の進歩を監視し、タイムリーで建設的なフィードバックを提供することです。

フィードバックを通じて、従業員の興味を惹きつけ、どのような質問に対しても誠意を持って答え、革新的なソリューションにつながる可能性のある創造的で独創的なアイデアの創出を奨励することは、従業員のモチベーションを高めます。

フィードバックに関し、COMPARABLY社の調査データでは、50%以上の従業員がマネージャーから月に1度以上の頻度で有益なフィードバックを得ています。

要因⒋ PEOPLE

PEOPLEとは、素晴らしい同僚やリーダーとの繋がりのことで、一般社員、マネージャー、リーダー間のしっかりした協力関係を育て、多様性を受け入れる職場環境を築き上げ、組織内のさまざまな人々にとって価値のある強い関係を生み出すことは従業員エンゲージメントの強化につながります。

アップルのコアバリューには「Diversity & Inclusion」という考え方が重要な位置づけにあります。

ダイバーシティとインクルージョンとは、個々の「違い」を受け入れ、認め合い、生かしていくことで、企業においては、性別や年齢、国籍、文化、価値観など、さまざまなバックグラウンドを持つ人材を活用することで新たな価値を創造・提供する、成長戦略の一つです。

アップルでは、あらゆるバックグラウンドのリーダーが、社内から次世代のリーダーを成長・育成するために取り組んでいます。

また、彼らはそれぞれの専門分野において、①細部にまでこだわること、②集団で何かを決定する際には積極的に協力的な論議を交わすことを心がけています。

自分の仕事が評価され、意思決定においては自分の意見が考慮され、尊敬と尊厳を持って公平に扱われることを望んでいる従業員にとって、ダイバーシティとインクルージョンの取り組みは従業員エンゲージメントを高める効果があります。

まとめ

今回は、アップルの従業員エンゲージメント戦略について、Wills Towers Watsonが指摘するEmployee Experience、つまり、従業員が会社で経験する ①PURPOSE、②WORK、③TOTAL REWARDS、④PEOPLEの4つに分け、COMPARABLY社の調査データも交えてレポートしました。

アップルの従業員エンゲージメント戦略の中心にはCompensation & Benefit(報酬と福利厚生)があり、その周りを平等で柔軟な組織、人材育成サポート体制、キャリアアップ機会の提供、多様性と強固な人間関係が取り巻いています。

従業員を大切に育て、老後の生活を支える年金や退職金制度などの考え方は、終身雇用が一般的だった頃の日本の企業文化にも有ったような気がします。

アップルの従業員にとって、ブランドや刺激的な仕事の魅力にも増して安定した生活基盤が重要なのは、競争の激しいIT分野の現状を表しているのかも知れません。

<参考>
(1) EduMe
(2) Willis Towers Watson 人材マネジメント
(3) Willis Towers Watson エンゲージメント
(4) COMPARABLY
(5) Apple