近年、働き方改革やガバナンス強化の動きにより、中小企業を取り巻く法制度が大きく変化しています。こうした中、雇用契約書(労働契約書)と就業規則は、企業経営を法的トラブルから守り、従業員が安心して働く環境を整える要となります。最新の労働基準法・会社法の改正動向を踏まえ、契約書と就業規則を定期的に見直すことはコンプライアンスとリスク管理の両面で不可欠です。本レポートでは、中小企業経営者向けに契約書と就業規則の基本、最新法改正のポイント、見直し方法と専門家活用のコツ、そして実際の事例に基づく改善効果について解説します。
契約書・就業規則の基本構成と役割
雇用契約書と就業規則の違い
雇用契約書(労働契約書)と就業規則はどちらも労働条件を定める重要な書面ですが、その 対象範囲 と 法的義務 に違いがあります。雇用契約書は企業と各従業員個人の間で交わす契約であり、労働条件を個別に明示する文書です。一方、就業規則は企業と従業員全体に適用される職場の統一ルールで、労働条件や服務規律を網羅的に定めます。
以下に主な違いを整理します。
項目 | 雇用契約書 | 就業規則 |
---|---|---|
対象者 | 個々の従業員との契約 | 全従業員への共通ルール |
記載内容 | 労働条件の個別合意(勤務場所・時間、賃金、契約期間、業務内容、解雇条件など) | 賃金・労働時間・休日休暇・服務規律・懲戒・退職など会社全体の規定 |
作成・交付義務 | 法的義務なし(口頭合意でも契約成立)※書面化推奨 | 労基法第89条により常時10人以上雇用で作成・届出義務 |
優先関係 | 原則、従業員に有利な方を適用(契約と規則の不一致時) | 雇用契約書と矛盾しない範囲で補完的に適用(最低基準) |
主な役割 | 個別の労働条件の明確化・証拠 | 職場全体の秩序維持、労務管理の統一基準 |
※雇用契約書が就業規則より不利な条件を定めても、その部分は無効となり就業規則の基準が適用されます。逆に契約書の方が有利な条件であれば契約内容が優先されます。また、契約書・就業規則いずれも法律に反する内容は無効となり、法律の規定が適用されます。
企業を守るための基本要素
雇用契約書には、労使トラブルを防ぐために以下の項目を盛り込むことが重要です。
- 労働条件の明示:契約期間、就業場所、職務内容、勤務時間・休日・休暇、賃金(計算方法・支払日)、退職・解雇事由など。2024年4月以降は「勤務地・職種の変更範囲」も明示が追加されました。これらは労働基準法第15条・労働契約法第4条に基づき書面(または電子書面)で通知すべき事項です。契約書に明記し双方が署名すれば、労働条件の証拠となり安心です。
- 企業防衛の条項:試用期間の長さと評価方法、機密保持義務、競業避止(※適法な範囲で)、副業許可条件、知的財産の取扱いなど、企業リスクに備える条項も検討します。特に機密保持や副業禁止規定は就業規則で社内統一ルールとして定めつつ、重要ポジションの社員には契約書で個別同意を取るケースもあります。
一方、就業規則には労働基準法で必ず記載すべき事項(絶対的必要記載事項)と、定めをする場合に記載が必要な事項(相対的記載事項)が定められています。絶対的記載事項は以下のとおりです。
- 労働時間・休憩・休日:始業終業時刻、休憩時間、休日・休暇、交替制勤務の事項
- 賃金:基本給や手当の決定・計算方法、締切日・支払日、昇給
- 退職:解雇事由含む退職に関する事項
相対的記載事項には、退職手当、表彰・制裁(懲戒)の種類と程度、食事施設や安全衛生、職業訓練、災害補償・職工恩給など該当する場合に定める事項があります。中でも懲戒規定は企業を守る重要要素です。就業規則で服務規律と懲戒処分の種類・手続を明確に定めておくことで、従業員が違反行為をした際に適正に対処できます。例えば無断欠勤やハラスメント発生時の対応も規定しておけば、いざという時にブレずに対応でき、会社のリスク軽減につながります。
労働基準法・会社法に基づく法的義務
労働基準法上、常時10人以上の労働者がいる事業場では就業規則の作成と所轄労働基準監督署への届出が義務です。10人未満では義務ではありませんが、トラブル防止のため就業規則を備えることが望ましいとされています。作成した就業規則は労働者へ周知(掲示、配布、電子送信など)しなければ法的効力を持ちません。また就業規則の内容が労働基準法など法令に反する場合、その部分は無効となり法令の基準に置き換わります。企業は就業規則によって法定以下の労働条件を定めることはできず、最低ラインは常に法律が優先します。
一方、会社法は会社の組織運営全般を定め、中小企業でも遵守すべきルールがあります。例えば株主総会の適正な運営や計算書類の備置・報告義務、取締役の忠実義務や注意義務など、ガバナンスの基本となる規定です。また会社法第318条では株主総会議事録の作成・保存義務、第329条では取締役の欠格事由などが定められ、違反すれば無効や罰則のリスクがあります。定款(会社の基本規則)の変更や社内規程の整備も会社法に沿って行う必要があります。最近の改正で導入された「株主総会資料の電子提供制度」を利用するには定款変更が必要となるなど、会社法改正は会社の規則類にも影響します。労働法ほど頻繁ではありませんが、会社法の改正ポイントも押さえ、自社の定款や取締役会規程等を見直すことが重要です。
最新法改正の影響と具体的変更点
労働基準法など労務関連の主な改正ポイント
近年の働き方改革関連法や関連する労働法制の改正により、企業は就業規則や労働契約の見直しを迫られています。特に労働基準法を中心とした改正点と企業への影響は以下のとおりです。
- 時間外労働の上限規制(罰則付き) – 2019年4月施行(中小企業は2020年4月から適用)。原則として月45時間・年360時間(臨時的特別な事情がある場合でも月100時間未満かつ複数月平均80時間以内、年720時間以内)の上限が法定化されました。これにより三六協定でこれを超える残業は認められず、違反企業には罰則が科されます。※建設業・運送業・医師等は適用猶予がありましたが2024年4月から段階的に適用されています。中小企業でも2020年以降、就業規則の「労働時間」欄を新基準に合わせ、三六協定を締結し直す必要が生じています。実際、上限規制施行に伴い残業時間の削減が進み、ある大手小売業では残業時間が全社平均で30%削減されました。上限順守のためには労務管理システムの刷新なども有効です。
- 年次有給休暇の取得義務 – 2019年4月施行。年10日以上有休付与される従業員に対し、毎年5日分は会社が時季指定してでも取得させることが義務化されました。就業規則の有給休暇規定に「年5日の計画取得」など管理方法を追記し、管理簿で取得状況を記録することが必要です。違反すると30万円以下の罰則があります。未取得が多かった企業では計画付与制度(計画的付与による一斉取得日設定)を導入するケースも増えました。これにより有休取得率向上が期待され、過労防止に寄与します。
- 同一労働同一賃金の実現 – 2020年4月施行(中小企業は2021年4月~)。パートタイム・有期雇用労働法の改正により、正社員と非正規社員との間の不合理な待遇差が禁止されました。基本給・賞与・各種手当・福利厚生等について、職務内容や責任が同じであれば均等待遇、異なる場合もその違いに応じた均衡待遇が求められます。違反自体に罰則はありませんが、待遇差について説明を求められた際の説明義務が課され(企業は労働者から問合せがあれば理由を説明する必要)、従業員は不合理な格差に対し民事上の損害賠償請求を行うことが可能です。このため各企業は就業規則や賃金規程を見直し、非正規社員にも通勤手当や福利厚生を支給する、正社員との職務差を明確化するなど対応が求められました。実際に待遇差が問題となった裁判例では、扶養手当や皆勤手当を非正規にも支給すべきと判断されたケースもあります。中小企業でも2021年以降、パート社員の手当支給有無など規程を再点検し、不合理な差を是正する動きが広がりました。未対応の場合は早急な見直しが必要です。
- ハラスメント防止措置の義務化 – いわゆるパワハラ防止法が中小企業にも2022年4月から適用されましたk。2019年改正の労働施策総合推進法により、セクハラ・マタハラに加えパワハラについても事業主の防止措置義務が創設され、大企業では2020年施行、中小は努力義務期間を経て2022年4月から義務化。具体的には就業規則等でパワハラの定義と禁止規定を定め、相談窓口の設置、研修実施や社内周知を行うことが必要です。また被害申告者への不利益取扱い禁止も明示すべきです。厚労省の指針では典型例も示されており、就業規則の服務規律や懲戒事項にハラスメント関連項目を追加する企業が増えました。未整備の場合、是正指導の対象となり得るため注意が必要です。
- 中小企業の割増賃金率引上げ – 2023年4月施行。中小企業は長らく月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率(50%以上)が適用猶予され25%でよかったものが、猶予措置の終了により50%以上に引き上げられました。これで大企業と同様に中小企業も60時間超残業には5割増賃金支払いが必要です。就業規則の時間外手当計算の条項や、給与計算システムを変更する必要があり、人件費コスト増への対策が課題となります。残業抑制策(業務効率化や人員配置見直し等)を強化する中小企業も出ています。
- 労働条件明示のデジタル化・項目追加 – 2024年4月の省令改正により、労働条件通知書の電子交付が解禁・明確化され、労働条件明示項目に「転勤・出向など人事異動の可能性」や「安全配慮措置」が追加されました。これに合わせて雇用契約書の様式を変更し、該当事項を記載する必要があります。特に勤務地や職種変更の有無はトラブルになりやすい点であり、契約書や就業規則に明記しておくことが望ましいでしょう。
以上の主要改正点を踏まえ、自社の契約書・就業規則をアップデートすることが求められます。下表に近年の労働法改正の概要と企業への影響をまとめます。
改正時期・法律 | 主な改正内容 | 中小企業への影響・必要な見直し |
---|---|---|
2019年4月(中小2020年4月)働き方改革関連法 | 残業時間の上限規制(月45h他)施行、有給年5日取得義務 | 残業規程の整備、36協定締結変更。年休管理簿導入と有給取得ルール策定 |
2020年4月(中小2021年4月)同一労働同一賃金関連法 | 非正規と正社員の不合理な待遇差禁止、待遇差の説明義務 | 賃金・手当規程の見直し(待遇差是正)。就業規則に職務等級や手当支給基準を明確化 |
2020年6月(中小2022年4月)パワハラ防止法 | パワハラ防止策の義務化 | 就業規則にハラスメント禁止規定追加。相談窓口設置や周知研修の実施 |
2023年4月 労基法改正 | 中小企業の60時間超残業の割増率50%適用 | 賃金計算の変更(割増率アップ)。残業抑制策の検討。就業規則の該当条項確認 |
2024年4月 労基則改正等 | 労働条件通知の電子化許可、明示項目追加(異動の範囲等) | 雇用契約書様式の変更(勤務地/職種変更の有無を記載)。就業規則の該当箇所確認 |
会社法の改正ポイントと影響
**会社法の改正(2019年改正法:2021年3月施行)**は主に株式会社のガバナンス強化を目的として行われ、中小企業にも影響し得るルール変更が含まれました。主な改正点と企業への影響は次のとおりです。
- 株主総会資料の電子提供制度の創設 – 株主に対する招集通知や報告書類をインターネットで提供できる制度が導入されました。上場会社は利用義務がありますが、中小の非上場会社でも定款で定めれば電子提供が可能となります。紙郵送の手間とコストを削減できるメリットがあります。中小企業でも複数株主がいる場合、将来的に電子化を見据えて定款変更を検討する価値があります。
- 株主提案権の濫用抑制 – 株主総会で1人の株主が提出できる議案数に制限が設けられ、明らかに会社経営に関係のない提案は拒否できるよう整備されました。これは主に上場企業での対策ですが、非上場の中小企業でも多数の株主がいる場合、総会運営が円滑になります。従来から定款で議案提出期限など定めることも可能でしたが、法律で明確になったことで総会運営規程等に反映させる会社もあります。
- 取締役報酬の決定方針の明確化 – 上場会社では、取締役ごとの報酬額の決定方針を取締役会で定めることが義務化されました。非上場の中小企業には直接の義務はありませんが、役員の家族経営が多い中小でも、報酬決定プロセスの透明化はガバナンス向上に繋がります。必要に応じて取締役会議事録に方針を残すなど、自主的に取り組むと金融機関や出資者の信頼向上につながるでしょう。
- 役員の責任に関する契約の整備 – 会社が取締役等に事前に損害賠償責任を補填・免除する「補償契約」や、役員向け賠償責任保険(D&O保険)のルールが明文化されました。改正により、取締役会の決議等を経てこれら契約を締結すれば利益相反ではないことが明確化され、非上場会社でも役員に対する補償制度を導入しやすくなっています。中小企業でも優秀な人材を社外取締役に迎える際、責任追及リスクに備えてD&O保険に加入するケースが考えられます。導入する場合は取締役会や株主総会での承認手続きを就業規則あるいは社内規程として定めておく必要があります。
- 社外取締役の設置義務化(上場企業) – 改正で上場会社等に社外取締役を1名以上置くことが義務付けられました(中小の非上場は努力義務)。これも直接中小企業には適用されませんが、社外の視点を取り入れるガバナンスの重要性が示されたと言えます。中小企業でも顧問や社外の有識者の助言を得るなど、ガバナンス強化の流れに沿った対応を検討すべきでしょう。
以上のように会社法改正は大企業向け項目が多いものの、「会社の見える化」「経営の監視強化」という流れは共通しています。中小企業においても定款や取締役会規程を見直し、必要に応じて新制度に対応できる準備を進めることが望ましいです。例えば電子提供制度を使う場合は株主総会運営規程を整備し、今後の株主対応を円滑にするなど、中長期的視点で契約書類や規則類をアップデートしておくと良いでしょう。
定期的な見直しの必要性と方法論
定期的に契約書・規則を見直すべき理由
雇用契約書や就業規則は一度作成して終わりではなく、定期的な見直しが不可欠です。その主な理由は以下のとおりです。
- 法改正への対応:前述のように労働関連法や会社法は数年単位で改正が行われます。法律に沿った内容にしておかないと、知らぬ間に規則が違法・無効部分を含んでしまい、罰則や行政指導の対象になる恐れがあります。また助成金申請時などに最新法令準拠が求められるケースもあります。常に法改正情報を収集し、就業規則や契約テンプレートをアップデートすることでコンプライアンス違反を防げます。
- 社会情勢・働き方の変化:コロナ禍でのテレワーク普及や、副業解禁の流れ、雇用の流動化など、働き方も変わってきます。例えばリモートワーク規定がないまま在宅勤務をさせると労働時間管理や費用負担のルールが曖昧でトラブルになりかねません。副業を許可する場合も就業規則に申請手続や守秘義務を定めておくべきです。環境変化に合わせて規則を整備することで、想定外の事態によるトラブルを未然に防止できます。
- 自社の実情反映・運用改善:事業拡大や組織変更、新しい職種の採用などで現行の規則が実態と合わなくなることがあります。例えば従業員数が増え有給管理が複雑化したのに半日有休制度がない等、運用に支障が出る場合は制度導入を検討すべきです。定期見直しにより現状に合ったルールに更新し、「絵に描いた餅」ではない実効性ある規則にすることができます。実態との乖離が大きい就業規則は守られず形骸化しがちで、いざトラブル時に役立ちません。
- リスクマネジメント:古い契約書や就業規則のままでは抜け穴を突かれるリスクがあります。例えば残業代トラブルについて、「管理監督者は残業代支払対象外」との記載だけでは不十分です。最近の判例では名ばかり管理職が問題視され、実態に見合わないと会社側敗訴となるケースがあります。規則見直しでリスク要因を洗い出し、必要な補強措置(深夜・休日労働の適正割増や、安全配慮義務規定など)を講じておくことは、訴訟予防につながります。ある中小企業では就業規則未整備のために突然従業員から未払い残業代を数百万円請求される事態が発生しました。このような高額請求リスクを避けるためにも、ルールを整え周知しておくことが重要です。
- 従業員との信頼関係向上:ルールを時代に合わせて整備し、公平で透明性ある職場を作ることは従業員の安心感につながります。一貫した人事労務管理で社員を処遇できれば不満や誤解も減り、エンゲージメント向上や離職防止にも効果があります。逆にルールが古く形骸化していると社員から会社への信頼低下を招きかねません。定期的な見直しと必要に応じた説明・対話により、「社員を大切にし法令順守も徹底している会社」というメッセージを伝えられます。
以上の理由から、年に1回程度は法改正情報のチェックを行い、小さな修正も含め就業規則の改定を検討することが推奨されます。最低でも2〜3年に一度は専門家による点検や社内レビューを実施しましょう。
見直し時にチェックすべき主要ポイント
実際に契約書や就業規則を見直す際は、以下のポイントを体系的にチェックします。
- 法改正の反映漏れはないか – 上記で挙げた労働時間管理、有給休暇、同一労働同一賃金、ハラスメント、防災・安全衛生など最近の改正事項が規程に反映されているか確認します。例えば育児介護休業法改正(男性の産後パパ育休新設等)に伴い、育休規程を最新化しているか、最低賃金額改定に合わせ給与規程の規定額が下回っていないか等。
- 会社の現状に合致しているか – 就業実態とかけ離れた記載がないかを点検します。勤務形態(シフト・テレワーク等)、手当や福利厚生制度、評価昇給のルールなど、現行の運用と規則が一致していることが重要です。万一不一致なら、規則を修正するか運用を改める必要があります。例えばテレワークを恒常的に実施しているのに就業規則上に在宅勤務規定がない場合、早急に追加すべきです。
- 不明確・曖昧な表現の解消 – 解釈が分かれる恐れのある条項はないかチェックします。「会社が必要と認めた場合は…」など裁量の幅が大きすぎる表現は、恣意的運用だと批判され紛争リスクを高めます。必要なら具体基準を付記するか、運用ルールのガイドラインを定めます。また専門用語や法律用語が多用されすぎて従業員に理解されない文面も改善点です。誰が読んでもルールを理解できるよう平易な言葉への修正も検討します。
- 矛盾・重複の有無 – 規程内や他の規程との矛盾を探します。就業規則と給与規程、就業規則と雇用契約書の内容が食い違っていれば統一が必要です。特に労働条件通知書(雇用契約書)と就業規則は常に整合性を保たねばなりませんo。どちらか一方のみ変更している場合は要注意です。また昔追加した規定が別の箇所と重複して存在することもあるため、整理・統合を図ります。
- 規定漏れの補完 – 法律上は義務でないが会社として定めておくべき事項(例:情報セキュリティ規程、テレワークガイドライン、私物PC持込禁止、出張旅費規程など)が抜けていないか。昨今ではSNS利用ポリシーや副業許可基準、育児・介護と仕事の両立支援(短時間勤務やフレックス導入)なども規定し、社内周知しておくことが望ましいです。自社の過去のトラブル事例から教訓を得て、新たに入れるべきルールがないか検討します。
- 届出・周知の手続 – 就業規則の変更には従業員代表からの意見聴取書を添付して労基署に届出ることが必要です。その手続きを踏んでいるか、不備はないか確認します。また変更後は速やかに全従業員へ周知しなければ効力が生じません。紙配布や社内イントラ掲示など方法を検討し、周知徹底まで忘れずに行う計画を立てます。
以上のチェックリストを活用し、社内の総務・人事担当者が中心となって定期点検を行いましょう。自社のみで難しい場合は次項のように専門家の力を借りることも有効です。
内部見直しと専門家依頼の比較
契約書や就業規則の見直しを自社内で行うか、専門家に依頼するかは一長一短があります。それぞれのメリット・デメリットを把握し、状況に応じた方法を選びましょう。
見直し方法 | メリット | デメリット・留意点 |
---|---|---|
自社(内部)で見直し | 会社独自の実情を反映しやすい。現場感覚を盛り込める。費用が抑えられる。迅速に着手できる。 | 最新法令知識の不足による見落としリスク。社内担当者の負担増。客観的視点に欠け不備を見逃す恐れ。慣例踏襲で改善が進まない懸念。 |
専門家に依頼 (社労士・弁護士等) | 法改正や判例に精通し法的に適切な規程を提案してくれる。過去事例の知見からリスクに備えた条項整備が可能。客観的視点で社内の問題点を指摘してもらえる。o | 費用が発生(就業規則作成・改定で数万円~十万円規模)。自社の実情説明に時間が必要。専門家によっては画一的なひな型適用になりがち。継続契約しないと都度依頼の手間。 |
中小企業ではまず社内でドラフトを作り、その後専門家にチェック・修正を依頼するといったハイブリッド型もよく取られます。これなら費用を抑えつつ法的な抜け漏れも防げます。労務管理に詳しい社員がいる場合は内部主導で、知見が不足していれば社労士等と顧問契約を結ぶなど、自社の規模・体制に合わせて柔軟に判断してください。
専門家の意見を取り入れるポイント
法律専門家(社労士・弁護士)への相談方法
労務関連の専門家としては、社会保険労務士(社労士)と労働法に強い弁護士が代表的です。まず就業規則や賃金制度の整備については社労士が実務に即したアドバイスを得意とします。社労士事務所の中には「就業規則診断」「労務監査」といったサービスを提供しているところもあり、現在の規則の問題点を洗い出してくれます。弁護士は労務トラブルの予防・対応の観点から条文の適法性チェックやリスク分析に優れています。特にトラブルが発生しているケースや、**非典型的な契約条項(競業避止や機密保持契約など)**の検討には弁護士を頼る方が安心です。
相談方法としては、まず社内の現行規程類や契約書式を整理し、現状の課題(何に困っているか、どの法律改正に対応したいか)をまとめておくとスムーズです。専門家には守秘義務がありますので、遠慮なく社内事情を共有しましょう。地域の社労士会や弁護士会では初回無料相談を行っている場合もあります。また各都道府県の労働局には「総合労働相談コーナー」が設置されており、一般的な労働法の相談は無料で受け付けています。内容によってはそこから専門家を紹介してもらえることもあります。
具体的な依頼としては、「就業規則一式を最新の法令に合わせて全面的に見直したい」「労使トラブルが起きないよう契約書のひな型をチェックしてほしい」「パート社員向けの給与規程を新たに作成したい」といった要望を伝えます。見積もりをもらい、納得できれば契約となります。完成した規程案は、可能であれば労基署OBの社労士など第三者にも確認してもらうとより安心です。最終的には労基署への届出までフォローしてもらえるかも確認すると良いでしょう(社労士は代理届出可能)。なお弁護士への依頼は費用が高めなので、就業規則→社労士、個別の契約書類やトラブル対応→弁護士と使い分けるケースが多いです。
専門家を活用すべきタイミング
どのタイミングで専門家の力を借りるべきか、判断の目安を挙げます。
- 主要な法改正時:働き方改革関連法や会社法改正など、大きな改正が施行される前後は絶好の相談機会です。自社で対応に悩む点があれば早めに専門家に相談し、規程改定の方向性を掴みましょう。例えば同一労働同一賃金施行時、多くの中小企業が社労士に相談しパート待遇の見直しを行いました。2025年以降も高年齢者雇用安定法改正など予定があるため、その都度専門家の知見を取り入れるのが望ましいです。
- トラブル発生時・予兆がある時:既に残業代請求やハラスメント訴えなど問題が起きてしまった場合、早急に専門家の支援を仰ぐべきです。被害を最小限に抑える対策と再発防止の規程整備をセットで検討します。また労働組合からの要求や社員からの不満が噴出している場合も、紛争に発展する前に予防策を講じる好機です。**「火種が見えたら専門家へ」**が鉄則です。
- 社内体制の変化時:従業員数が増えて10人以上になったとき、50人を超えて産業医選任義務や安全委員会設置義務が発生したとき、株式会社に組織変更したとき、など節目には規則の整備が必要です。特に初めて就業規則を作るタイミング(従業員10名規模になった時)は、専門家の雛形を活用することで抜け漏れのないスタートが切れます。また新規事業開始やM&Aなどで雇用形態が変わる場合も早めに相談しましょう。
- 定期監査・診断:上述のとおり2〜3年おきに専門家の目でチェックしてもらうのも有効です。自社内では気づけない法改正情報や業界動向を指摘してくれるでしょう。顧問社労士・弁護士がいる場合は年次ミーティングで必ず規程類を議題に挙げ、変更提案をもらうようにします。
- 高度な制度導入時:たとえば裁量労働制やフレックスタイム制、在宅勤務制度、ジョブ型雇用制度、株式報酬制度など専門知識を要する制度を導入する際は、事前に制度設計を専門家と練り上げることを強くおすすめします。就業規則の条文化だけでなく、その運用ルールや関連諸手続(労使協定の締結届出等)も含め、プロのサポートで準備すれば後々の不備を防げます。
規程作成・改定の実務ヒント
専門家の意見を取り入れつつ、自社の契約書・就業規則をより実効性あるものにするためのヒントを紹介します。
- 社員の意見も踏まえて作成する:規則改定時には従業員代表の意見聴取が法定されていますが、単なる形式ではなく社員の声を反映させる姿勢が大切です。現場で運用しづらいルールになっていないか、社員有志や管理職に下案を見てもらいフィードバックを集めると良いでしょう。「使われる規則」になることで浸透もスムーズになります。
- 周知・説明を丁寧に:新しい規則を導入したり大きく変更した際は、社員説明会や研修で趣旨をしっかり説明します。ある製造業の中小企業では就業規則を全面改定する際に内容を明確化し、従業員へ丁寧に説明したことで離職率が改善した成功事例があります。社員が規則を理解し納得することで協力が得られ、運用も定着します。就業規則は社員に配付し、いつでも閲覧できるよう社内イントラに掲載しておきましょう。
- ひな型を自社向けにカスタマイズ:モデル就業規則や契約書テンプレートは便利ですが、そのままでは自社に合わない部分もあります。専門家提供の雛形であっても鵜呑みにせず、「当社ではこの規定は必要か?」「業務実態に合わせるにはどう書き換えるべきか」を検討しましょう。例えばモデル規則では残業命令違反の懲戒規定があっても、自社では残業禁止の方向なら規定を調整する、といった対応です。
- 関連規程との整合性確認:社内には就業規則本則の他に、賃金規程・育児介護休業規程・安全衛生規程・情報セキュリティ規程など多数の規程が存在します。これらも含めてトータルで整合性を取ることが重要です。専門家に依頼する際も、「賃金規程もチェックしてほしい」など範囲を指定しましょう。見逃しがちなのは雇用契約書・労働条件通知書との整合です。全社員の契約書類をアップデートするのは大変ですが、テンプレートを更新し、新入社員から新しい内容に切り替える、在籍社員には重要事項説明書を配布する等して徐々に移行することも検討します。
- 運用フローや帳票も整備:規則を定めただけでなく、それを運用するための社内手続きや帳票類も用意しましょう。例えば「懲戒処分の手順書」「ハラスメント相談受付フロー」「時間外労働の許可申請書」などです。こうした運用面も専門家に相談すれば他社事例を教えてもらえます。書式テンプレートなども提供してもらえることがあります。ルールと運用をセットで設計することで実務に直結し、現場にも歓迎されるでしょう。
- 最新情報を入手し続ける:法律や社会の動きは常に変わります。顧問社労士・弁護士からのニュースレターや、厚生労働省・中小企業庁の情報発信(メールマガジン等)を定期的にチェックしましょう。最近では2024年の残業規制適用拡大やデジタル給与払い解禁など情報が豊富です。経営者自身もアンテナを張り、「このニュースはうちの規則に影響するか?」と考える習慣が大切です。
以上を実践すれば、専門家の知恵を活かしつつ、自社にフィットした契約書・就業規則を構築・維持できるでしょう。
ケーススタディと実務改善の手法
中小企業における成功事例
契約書・就業規則の見直しによって労務環境を改善し、成果を上げた中小企業の事例を紹介します。
- 製造業A社(従業員80名):働き方改革に対応し就業規則を全面改定。具体的にはシフト制の柔軟化、有給休暇の時間単位取得、勤務間インターバル制度導入などを行いました。併せて残業削減プロジェクトを立ち上げ、労働時間管理を強化。【成果】離職率が前年比40%減少し、生産性が15%向上。従業員満足度調査でもポジティブな回答が増える効果が出ています。
- IT企業B社(従業員50名):コロナ禍を機にフルリモートワーク制度を本格導入し、就業規則に在宅勤務や副業許可、裁量労働制への移行を盛り込みました。また情報セキュリティ規程を新設し、リモート下でも統制が取れるよう整備。【成果】採用応募者数が従来の2倍に増加し、人材確保に成功。オフィス縮小でコストも25%削減するなど経営効率も向上しました。柔軟な働き方を制度化したことで企業の魅力度が上がった好例です。
- 小売業C社(従業員30名):店舗スタッフの定着率向上を目標に、就業規則と人事制度を見直し。育児・介護と仕事の両立支援として短時間正社員制度を導入し、育休復帰者には時差出勤を認める規定に変更。さらにパート社員にも賞与を支給するよう賃金規程を改定。【成果】女性従業員の定着率が20%アップし、育休からの復職率も95%に達しました。従業員のライフステージに寄り添った制度改定が離職防止に奏功したケースです。
これら成功事例に共通するのは、法改正への適切な対応と社員のニーズに沿った柔軟な制度設計です。企業ごとに課題は異なりますが、他社の取り組みを参考にすることで自社改善のヒントが得られます。ポイントは「労使双方にメリットのあるルール」を追求することです。
規則見直しでトラブルを防止した事例
次に、見直しによりトラブルを未然に防げた事例を紹介します。
- 運送業D社:ドライバーから長時間労働について労基署に訴えが出る寸前だったが、残業上限規制の施行を機に36協定を見直し、運行スケジュールを再編成。就業規則に「月45時間超の残業は年6回まで」等具体的上限制度を明記し順守徹底を図りました。その結果、労基署から是正勧告を受けずに済み、社員との話し合いで解決。残業削減により事故件数も減る副次的効果がありました。
- 製造業E社:従来、服務規律にハラスメント禁止の明記がなく、パワハラ寸前の上司がいても対処が難しかった。2022年の法義務化を受け、就業規則に包括的ハラスメント禁止条項と懲戒対象である旨を追加。さらに相談窓口を社外委託で設置し周知。結果、問題上司への抑止力となり、社員から正式な苦情が上がる前に自主的に改善された。
- IT企業F社:創業以来契約書を交わさず口頭で雇用していたが、ある社員から「聞いていた条件と違う」と揉めた。これを教訓に標準雇用契約書を導入し、重要事項を書面で交付するように改善。以後労働条件の認識齟齬によるトラブルは起きていない。
- サービス業G社:就業規則が古く定年規定が60歳のままだったため、再雇用トラブルの火種があった。高年法改正で65歳までの雇用確保義務化(2021年)に合わせ定年を65歳に延長し、継続雇用基準も明文化。該当社員にも事前説明したことで不安や不満の声は出ず、円滑に制度移行できた。
これらは一例ですが、法律に適合した明確なルールを整備することで、従業員からの不信や行政指導、さらには労務訴訟といった重大リスクを回避できることが分かります。「問題が起きてから対応」ではコストも信用毀損も大きくなるため、先手の見直し対応が肝要です。
見直しプロセスと具体的手法
最後に、契約書・就業規則の見直しを成功させるためのプロセスと手法を整理します。
- 現状診断:まず自社の契約書類・規程類を収集し、問題点を洗い出します。法改正漏れ事項、社内の不満点、過去のトラブルなどリストアップしましょう。例えば残業代訴訟リスクが高い業態なら残業管理を重点チェックするなど、優先順位をつけます。
- 目標設定:見直しのゴールを定めます。コンプライアンス遵守は大前提として、「離職率○%改善」「○○の訴訟リスクゼロにする」など経営課題に紐づけると社内の理解も得やすいです。現場管理職にも意見を募り、「有給取得率を上げたい」「テレワーク制度が欲しい」等要望を集めます。
- 情報収集と専門家連携:自社内で対応策が明確でない部分は専門家に相談します。社労士や弁護士の他、同業他社の事例を調べるのも有効です。例えば業界団体のモデル規程があれば入手し、参考にします。他社の成功事例から効果的なアプローチを学びます。
- ドラフト作成:新しい規程案・契約書案を作ります。現行規程の問題箇所は大胆に書き換え、必要な条項を追加します。法的な条文は専門家の助言を反映しつつ、自社の文化や方針も織り込んでいきます。複雑な部分はQ&Aや運用マニュアルも作成すると現場で迷いません。
- 従業員代表の確認と手続:従業員代表(または労働組合)がいる場合は新案を提示し、意見をもらいます。できれば社員説明会を開催し変更点とその理由を説明してください。反応を見て修正すべき点があれば調整します。その上で労基署へ就業規則届出を行い、受理されたら施行日を決めて発効させます。
- 周知と定着:改定後の規則や新しい契約書様式を全社員に周知徹底します。紙配布だけでなくイントラ掲載・メール通知など複数手段で告知し、必ず目に触れるようにします。管理職には詳しい趣旨を理解させ現場指導に当たらせます。運用開始後しばらくは現場からの質問や戸惑いも出るので、人事担当がフォローします。必要に応じて追加説明資料を配布したりミニ研修を実施すると定着が早まります。
- 効果測定とフォローアップ:見直しの成果を把握するため、KPIを測定します。離職率や残業時間、有給取得率、ハラスメント苦情件数など、目標に紐づく指標を定期的に確認しましょう。改善が見られれば見直し成功ですし、まだ課題が残るなら再度対策を講じます。規則は一度で完璧にならなくても、PDCAを回して徐々にブラッシュアップする姿勢が大切です。
このようなプロセスを踏むことで、契約書・就業規則の見直しは単なる書面上の修正作業に留まらず、企業文化の改革や働き方の改善につながるプロジェクトとなります。実際、ある大阪の企業では就業規則を見直したことをきっかけに職場環境の透明性が増し、従業員の離職率が改善した例があります。単に法律対応というだけでなく、戦略的な人事施策として位置づけることで、経営者が購入したくなる価値ある取り組みとなるでしょう。
おわりに
契約書と就業規則の定期的な見直しは、中小企業にとって法令順守の安心感を得るだけでなく、人材定着や生産性向上といった実務上のメリットをもたらします。本レポートで述べたポイントを参考に、自社のルールブックを最新・最適なものにアップデートしてください。変化の激しい時代において、ルール整備は攻めの経営の一環です。適切なルールで社員を守り、会社を守り、ひいては持続的な成長への土台を築いていきましょう。
