中小企業にとっても危機管理は企業存続の要です。大規模な自然災害やパンデミックなど予期せぬ事態はいつ起こるかわかりません。実際、災害に見舞われた中小企業の約4割は事業を再開できず、さらに3割は2年以内に廃業に追い込まれるとの報告もあります​。新型コロナウイルス感染症の拡大や度重なる自然災害、そして近年増加するサイバー攻撃など、企業活動に影響を及ぼすリスクは山積しています​。実際コロナ禍では、テレワークの導入や業態転換によって危機を乗り切った中小企業もあり、この経験は平時からの備えと柔軟な対応力の重要性を浮き彫りにしました。特に中小企業は大企業に比べ経営資源が限られるため、一度の危機で受ける打撃が大きく、十分な備えがなければ致命傷となりかねません。こうしたリスクに備え、発生後の対応策まで事前に準備しておくことは、事業の継続のみならず企業価値の維持・向上のためにも不可欠です​。本レポートでは、日本および海外の動向を踏まえ、中小企業経営者が押さえておくべき危機管理(リスクマネジメント)戦略について解説します。

危機管理の基本概念と重要性

危機管理(リスクマネジメント)は、「組織にとっての脅威や機会を許容範囲内で管理すること」と定義され​、一般に(1)リスクの特定、(2)分析、(3)対応策の選択、(4)実行、(5)効果の管理というプロセスで実践されます​。かつては大企業向けと考えられがちでしたが、今日では中小企業にとっても非常に重要です。デジタル化の進展、気候変動の影響、グローバルな供給網の拡大などにより、中小企業にも新たなリスクが次々と生じています​。特に気候変動に伴う豪雨・台風など異常気象の激甚化は、今後も中小企業に大きな影響を及ぼすと予測されます。加えて、リスク管理の取組みは中小企業の成長を促進し、サプライチェーン上の大企業からリスク対策を求められるケースも増えています​。近年のパンデミックや地政学リスクによる「連鎖する危機(パーマクライシス)」の中、世界的にも企業はレジリエンス(事業の復元力)強化が最重要課題となっています​。実際、欧米ではサプライチェーンを強靭化し、BCP(事業継続計画)の改善やサイバー統制の強化など、危機に強い企業体制づくりが加速しています​。さらに、リスク管理の充実は必要な保険への加入を容易にし、金融機関や投資家からの信用力向上にも寄与します。このように、経営環境の変化に対応し企業の未来を守るため、中小企業においても全社的なリスクマネジメント体制の構築が不可欠です。

事業継続計画(BCP)の策定事例

緊急時にも事業を継続・早期復旧するための計画であるBCP(Business Continuity Plan)は、危機管理の中核となるものです。2020年の時点で、世界では半数以上の企業がBCPを未整備でしたが​、コロナ禍を契機に多くの企業が計画策定に動き始めました。一方、日本企業ではBCP策定率は依然として低水準にあります。帝国データバンクの調査(2021年)によれば、BCPを「策定している」企業は全体の17.6%にとどまり、中小企業に限ればわずか14.7%でした​(大企業では32.0%)。以下の表に示すように、中小企業の取組みの遅れが目立ちます。

企業規模BCP策定率 (2021年)
大企業32.0%​
中小企業14.7%​
全体17.6%​

BCP策定率は年々上昇傾向にあるものの、こうした数字からも分かるとおり中小企業では取り組みの遅れが課題となっています​。実際、「BCPの必要性は理解しているが、従業員があまり多くない企業でどのレベルのBCPが必要なのか分からない」といった声も聞かれます​。帝国データバンクの調査でも、BCP未策定の理由として「策定に必要なスキルやノウハウがない」(41.9%)が突出して高く、人材・時間・費用の確保も引き続き課題と指摘されています​。また、中小企業では「必要性を感じない」「自社のみ策定しても効果が期待できない」といった懐疑的な意見も見られ、BCPへの認識不足も一因となっているようです​。

しかし近年の相次ぐ危機を経て、事業継続への備えは一段と重要性を増しています。BCP策定を検討する企業が想定するリスクとしては、「自然災害」を挙げる割合が72.4%で最も高く、次いで「感染症」(60.4%)、「設備故障」(35.8%)、「情報セキュリティ上のリスク」(32.9%)が上位となっています​。これは新型コロナウイルス感染症の流行以降、「感染症リスク」を事業継続上重大な脅威と認識する企業が急増したことを示しています。また、サイバーリスクについても中小企業だから狙われないとは言えません。全世界のサイバー攻撃の約43%は中小企業に向けられているとの統計があります​、2023年には中小企業の41%がサイバー攻撃の被害に遭ったとの報告もあります​。情報漏えいやシステム停止は事業継続に深刻な影響を及ぼすため、サイバー面の対策もBCPで重要な位置を占めています。

BCPを策定することで、万一の際の具体的な行動指針が定まり、従業員も有事に適切に対処しやすくなります。その効果について、BCP策定済み企業からは「従業員のリスク意識が向上した」という声が最も多く、過半数(55.5%)を占めました​。加えて「BCP策定は入札評価にあたっての加点材料になる」ケースや「事業継続力強化計画の認証によって税制優遇の対象となった」など、多くのメリットも報告されています。すなわち、BCPを策定していること自体が取引先からの信頼を高め、非常時だけでなく平時の競争力強化にもつながるのです。

内部統制や監査のポイント

内部統制とは、企業内部の業務が適正かつ効率的に行われることを確保するために構築する仕組みであり、リスク管理体制の一環です​。具体的には、業務上の不正やミスを防ぎ、法令遵守を徹底し、万一損失が発生した場合の措置まで含めて、社内規程や体制を整備することを指します​。大企業では会社法により取締役会での内部統制システム整備が義務付けられ、厳格な体制構築が求められますが、中小企業には法的義務はありません​。しかし、中小企業であっても自社の規模や事業特性に応じた内部統制を整備することは、リスク軽減の上で極めて重要です。

内部統制の基本ポイントの一つは「牽制と監視の仕組み」を入れることです。例えば重要な金銭の出納や決裁は複数人の承認を経るフローにし、特定の個人に権限が集中しないようにします。しかし実際には、中小企業では人手不足から一人の社員が経理・総務・人事など複数の職務を兼任することが多く​、職務分掌が不十分になりがちです。そのため、経営者は意識的に「チェック体制」を組み込む工夫が必要です。例えば、経営者自らが定期的に帳簿や業務プロセスを点検したり、他部門のスタッフに相互チェックさせたりします。また可能であれば外部の専門家を活用するのも有効です。中小企業では税理士や会計士が定期訪問時に内部管理について助言し、必要に応じてITセキュリティやリスク管理の専門家を紹介してもらうケースもあります​。また、情報セキュリティ面では、アクセス権限の適切な管理、ソフトウェア更新の徹底、データの定期バックアップなど基本的な対策をしっかり講じておく必要があります。

コンプライアンス(法令遵守)も内部統制の重要な柱です。労務、環境、税務など企業活動に関わる法律・規制を把握し、違反が起きないよう社内ルールや教育体制を整備します。不適切な会計処理やハラスメントの放置といったコンプライアンス違反は、発覚すれば企業存続に関わる深刻な危機となり得ます。そうしたリスクを未然に防ぐため、日頃から社内のモニタリング体制を敷きましょう。具体的には内部監査の仕組みを取り入れることが有効です。内部監査とは、社内の別の部門または外部の第三者が業務プロセスや会計のチェックを行い、問題点を経営陣に報告する活動です​。中小企業では専門の内部監査部門を置くのは難しくても、例えば年に一度、顧問税理士等による簡易な監査や、経営者による他部署ヒアリングを実施するだけでも、不正やリスクの芽を早期に発見できます。重要なのは、「経営者が現場を信頼するあまりノーチェックにしない」文化を作ることです。適切な内部統制と定期的な監査により、内部から生じるリスクを低減し、問題発生時にも速やかに対処できる体制を築くことができます。

実際のリスク評価と改善のプロセス

効果的なリスクマネジメントを行うには、体系だったプロセスに沿ってリスクの評価と対応策の策定を行う必要があります。一般に、リスク管理は次の5つの手順で進められます​:

  1. リスクの特定: 自社の業務や取り巻く環境に存在する様々なリスクを洗い出します。自然災害、事故、サイバー攻撃、法規制の変更、風評被害など、考え得るリスク要因をリストアップします。
  2. リスクの分析・評価: 特定した各リスクについて、発生可能性(頻度)と影響度(被害規模)を分析します。これによりリスクの重大度を評価し、優先順位をつけます。一般にはリスクマトリクス(縦軸に影響度、横軸に発生確率をとった二次元マップ)などを用いて「高リスク」「中リスク」「低リスク」を可視化します。
  3. リスク対応策の検討・選択: 高リスクと評価されたものから順に、取るべき対策を検討します。リスクへの対応方針は通常、「回避(リスク源を除去)」「低減(発生確率や影響を抑える)」「移転(保険加入や契約で第三者にリスクを移す)」「受容(許容範囲として何もしない)」のいずれかを選択します。自社のリスク許容度に照らし、最適な対応策を決定します。
  4. 対策の実施: 決定した対応策を具体的な行動計画に落とし込み、実行します。例えば、代替サプライヤーの確保、データバックアップ体制の構築、保険加入、研修の実施など、リスク低減措置を講じます。
  5. モニタリングと改善: 実施した対策が有効に機能しているか継続的に監視します。定期的にリスク評価を見直し、新たなリスクが発生していないか、リスクの優先度に変化がないかをチェックします。そして必要に応じて対策を更新・改善します。

これらのステップを適切に踏むことで、リスク管理プロセスが初めて一貫して機能します​。なお、洗い出したリスクは一覧表(リスク登録簿)に整理し、それぞれに管理責任者を割り当てておくと管理が容易になります。特に最後の「モニタリングと改善」が重要です。リスクマネジメントは一度計画を作って終わりではなく、継続的に改善を回していくものです。つまり、計画(Plan)・実行(Do)・検証(Check)・改善(Act)というPDCAサイクルで絶えずリスク対策をブラッシュアップしていく姿勢が求められます​。定期的にリスク評価をやり直し、事業環境の変化(例えば新技術の導入や市場動向の変化)や新たに顕在化したリスクを反映させましょう。また、実際にインシデント(事故やトラブル)が発生してしまった場合には必ず原因を分析し、再発防止策を講じます。過去の失敗から学び「次はどうすればよいか」を常に考えることで、組織として危機に対処する力が高まっていきます​。さらに、危機管理における対処の常識は時代とともに変化します。例えば、防災の常識一つとっても昔と今では異なる点が多々あります​。こうした最新の知見を取り入れ、定期的に計画をアップデートしていくことも重要です。

組織全体での危機意識の向上策

いくら経営層が危機管理の重要性を認識していても、現場の従業員一人ひとりが適切に行動できなければ、有事の際に計画どおり機能しません。組織全体で危機意識を高め、平時から備えを浸透させるには、以下のような取り組みが有効です。

  • 危機管理の専門部署・担当者を置く: 可能であれば、危機管理を統括する部署や委員会を設置します。難しければ、経営幹部の中から危機管理責任者(CRO)を任命し、有事の対応計画立案や訓練の企画・情報収集を担当させます​。専門の担当がいることで、社員にも危機管理への取り組み姿勢が伝わりやすくなります。
  • 定期的な教育・訓練の実施: 従業員に対し、危機対応の研修や訓練を定期的に行います​。地震・火災などの避難訓練はもちろん、サイバー攻撃を想定した対応訓練や、SNS炎上やクレーム対応のシミュレーションなども有効です。訓練を通じて、有事の具体的な行動手順を身につけさせます。
  • 過去の失敗やヒヤリハットを共有する: 社内外を問わず発生した事故や失敗事例を学びの材料にします。自社で起きたトラブルは隠さず原因と対策を全員で共有し、再発防止の教訓とします。また他社で発生した事故についても他人事と思わず、自社で同様の事態が起きたらどうするかを議論します​。こうした振り返りの習慣づけにより、従業員一人ひとりの危機対応力を高められます​。
  • 危機に関する情報の発信: 日頃から危機管理に関する情報を社内に発信し、意識啓発を図ります。他地域で大規模災害があればその被害状況を紹介し、自社の備え状況を点検するきっかけにします​。また、経営トップ自らが危機管理の重要性を折に触れてメッセージとして発信することで、社員の意識付けにつなげます。

これらの取り組みを継続することで、危機に対する「備えの文化」を社内に醸成できます。特に経営者層のコミットメントが重要で、トップ自らが率先して危機管理に取り組む姿勢を示すことで、社員もそれに従い真剣に対策に取り組むようになります。

まとめと提言

本稿では、中小企業における危機管理の重要性と具体策について、日本および海外の動向や事例を交えて検討しました。2020年以降、新型コロナウイルスのパンデミックや度重なる自然災害、地政学リスクの顕在化など、企業を取り巻くリスク環境は大きく変化しています。それに伴い、リスクマネジメントは企業規模を問わず経営課題の最前線に躍り出ました​。
中小企業の経営者にとって、まず取り組むべきは自社のリスクを正しく認識することです。現在の事業継続計画や内部統制を見直し、想定しうる最悪の事態に耐えられるか点検してください。特に優先度の高いリスク(例えば、自社の存続に直直するリスク)に対しては、資金や人材に限りがあっても創意工夫で備えを講じる必要があります。BCPの策定はその第一歩です。完璧な計画でなくても構いませんので、最低限これだけは守るべき中核業務と復旧手順を書面にまとめ、社員と共有しましょう。平時から備蓄品の用意やITデータのバックアップ、保険への加入など、できる対策から着手します。あわせて、日頃から社内の管理体制(ルール・権限・チェック体制)を整え、小さな不正やミスが重大化しないようにしておくことも大切です。

経営者自身が「最悪を想定し備える」姿勢を示すことで、社員も危機に備える意識を持つようになります。国や自治体の支援策も活用しましょう。例えば中小企業庁の「事業継続力強化計画」の認定制度は、防災・減災に取り組む中小企業に税制優遇措置を提供しています​。専門家の知見も積極的に取り入れてください。リスクマネジメントは決して一人では完遂できません。顧問弁護士や会計士、保険会社、産業団体などは有用な情報やアドバイスを提供してくれます。

最後に念頭に置くべきは、「危機は必ず起こる」という前提で経営に臨むことです。平穏なときに危機に思いを巡らせるのは難しいものですが、いざというときの備えが企業の命運を分けます。実際、十分な準備がないまま大災害に直面した企業が事業を再開できない例は少なくありません​。逆に、しっかりとした計画と訓練があった企業は被害を最小限に留め、迅速に復旧しています。企業の未来を守るのは経営者自身です。危機管理に「これで万全」はなく、常に改善を重ねる姿勢こそがレジリエンス(強靭性)を高めます。世界的な保険会社であるアリアンツのCEOは、「近年の連鎖する危機は全企業にとってレジリエンスのストレステストであり、リスク低減と備えの強化が今や経営の最優先事項だ」と指摘しています​。まさにその通りであり、中小企業こそ自社の規模に合った工夫で危機管理に取り組むことで、不確実な時代を生き抜く競争力を養えるのです。危機管理への投資は企業を守るだけでなく、将来の持続的成長の土台を築くことにもつながります。万一の危機から会社と従業員を守り抜くため、本稿で述べた戦略と施策を参考に、今日からリスクマネジメントを経営に取り入れてください。

経営者への主な提言

  • 経営トップが率先して危機管理に取り組む: 経営者自らが危機に備える姿勢を示し、全社的な体制と文化を築く。
  • 中核業務の事業継続計画(BCP)を策定する: 最低限守るべき業務と復旧手順を定め、有事に備える。
  • 平時から内部統制と情報セキュリティを徹底する: 日常業務の管理体制を強化し、小さなリスクの芽を摘んでおく。
  • 従業員への教育訓練を継続する: 定期的な研修や訓練で社員一人ひとりの危機対応力を高める。
  • 外部リソース・公的支援制度を活用する: 専門家の知見や行政の支援策も取り入れ、限られた経営資源を補完する(商工会議所や自治体によるBCP策定支援セミナー等も積極的に活用する)。
  • 国際規格や他社事例を参考にする: ISO31000(リスク管理)やISO22301(事業継続管理)などの標準規格や先進企業の事例を参考に、自社に適したベストプラクティスを導入する。

これらの施策を地道に継続することで、想定外の危機にも揺るがない強靭な企業体質を築くことができるでしょう。