2020年に続き2021年もDrucker Institute Company Rankingでトップ評価されたのはMicrosoft Corpでした。しかも、従業員エンゲージメントのスコアでもGAFAの4社を大きく引き離しています。
以前はMicrosoftを含めて巨大IT企業は「GAFMA」と呼ばれていましたが、いつの間にかMicrosoftが抜けて「GAFA」に。
圧倒的なシェアを誇るパソコン用OS 「Windows」によってIT分野を牽引してきたMicrosoftですが、スマートフォン、クラウドサービス、サブスクリプションなどへの対応が出遅れ、Google、Apple、Facebook(Meta)、Amazonなどのプラットフォーマーが主役となりました。
ところが、サティア・ナデラが新しいCEOに就任してから業績を伸ばし、2018年には時価総額でApple抜き世界トップに。
Microsoftを再生したナデラCEOはどのようにして、業績の回復とともにGAFAを超える優れた従業員エンゲージメントを築きあげたのか、今回はデジタル時代を見据えた新生Microsoftの従業員エンゲージメント戦略の秘密をレポートします。
Microsoftについて
Microsoft Corporationは、ビル・ゲイツとポール・アレンによって1975年に設立され、1985年にパソコン用OS「Windows 95」の世界的な大ヒットで一躍世界最大のパソコン用ソフトウエア企業に成長。
現在は、企業向け及び個人向けで3つのセグメントのビジネスを展開しており、時価総額では2018年にトップ、2021年11月時点ではAppleに次いで第2位とIT分野におけるリーディングカンパニーの地位を維持しています。
会社概要
- 社名:Microsoft Corporation
- 創設者:ビル・ゲイツ、ポールアレン
- 最高経営責任者(CEO):サティア・ナデラ
- 設立:1975年
- 従業員数:約190,000人
- 本社:米国ワシントン州レドモンド
- 拠点:100を超える国と地域に子会社を持つ
- 主な事業:⒈ 生産性とビジネスプロセス:Microsoft Office、Linkedln、Dynamics、⒉ インテリジェントクラウド:SQL Server、Windows Server、Azure、Microsoft Consulting、⒊ パーソナルコンピューティング:Windows、Xbox、Bing、Surface、PC
沿革
- 1975年 Microsoft設立
- 1986年 株式公開
- 1995年 Windows 95の大ヒットで世界最大のPCソフトウエア企業となる
- 2000年 スティーブ・バルマーがCEOに就任、ビル・ゲイツは会長となる
- 2008年 ビル・ゲイツが経営の第一線から退く
- 2012年 Skype、Yammerを買収
- 2014年 サティア・ナデラがCEOに就任
- 2016年 世界最大のビジネス向けSNSのLinkedlnの買収完了
- 2017年 オンラインコラボレーションツール Windows Teams を提供
- 2018年 ソフト開発プラットフォーム GitHib の買収を完了
- 2020年 個人・家庭向けMicrosoft365 サブスクリプションを発表
- 2021年 従業員エクスペリエンスプラットフォーム Microsoft Viva を発表
業績の推移
経営者のプロフィール
現在の最高経営責任者(CEO)であるサティア・ナデラは、Microsoftを世界最大のPCソフトウエア会社に育てた共同創業者ビル・ゲイツ、そしてスマートフォンやクラウドサービスなどの新しいビジネスチャンスを生かせなかったスティーブ・バルマーに次ぐ3人目のCEOとなります。
サティア・ナデラは、インドの大学で電子工学を学び、サン・マイクロシステムズ(現オラクル)を経て、1992年にマイクロソフトに入社しました。副社長時代はクラウドコンピューティングに不可欠な基盤構築やクラウドサービス事業を主導。
2014年にCEOに就任すると「ナデラ改革」と呼ばれる思い切った針転換によって業績を回復させ、2018年には時価総額でAppleを抑えて再び世界トップの企業へと導き、その後もAppleとトップ争を続けています。
Windows OSは現在でもパソコンのOSとして圧倒的なシェアを誇っていますが、サティア・ナデラは自社のOSに固執せず、Linux、macOS、iOS、Androidにも対応したソフトウエアの開発、クラウド化、サブスクリプションの導入などによりビジネスモデルの変革を積極的に推進し、時代遅れの企業と見られていたMicrosoftを世界で最も価値のある企業へと変えたのです。
⒈ 従業員を最優先するサティア・ナデラ
COMPARABLY CEO AWARDS(大企業の部門)で、2017年から2021年までの5年続けてトップ5にランクインされたCEOはサティア・ナデラただ一人。
競争の激しいIT業界で従業員から高い評価を受け続けたのは、彼の経営手腕だけではなく「People First」、つまり顧客や従業員を第一に考えていることが重要なカギを握っているようです。
サティア・ナデラがCEOに就任した日に、全従業員にメールを送信したのは有名な話ですが、その後も世界中の従業員全員と定期的に連絡を取り、会社の将来ビジョンを共有し、彼らのフィードバックを求めています。
また、従業員が継続的に成長できるように学習の機会を提供し新しい能力開発をサポートするとともに、情熱的なプロジェクトや革新的なアイデアへのチャレンジを奨励。
サティア・ナデラは、従業員とのオープンなコミュニケーションを継続し、派遣も含めた全ての従業員を大切に考え、彼らの新たなチャレンジを推奨するなど、巨大IT企業であっても従業員を第一に考えることでMicrosoftの革新とともに従業員エンゲージメントの強化を果たしたのです。
⒉ 世界トップクラスの福利厚生
Microsoftの従業員エンゲージメント戦略の中でも、特筆すべきなのは従業員に対する世界トップクラスの福利厚生です。
日本企業でも参考になるのは、サティア・ナデラの「People First」に基づく、本人・家族の現在から将来までの「幸福」を実現するために設計された「多面的な支援」です。
健康・幸福のサポート
医療、歯科、および視覚ケア | 健康プランは、さまざまなオプションにより、医療、歯科、視力、扶養家族などの医療費を確保。 |
特典+ | ウェルネス関連の費用に年間最大1,200ドルを払い戻す。 |
健康プログラム | 24時間ナースライン、体重管理と禁煙プログラム、自閉症/ ABA療法、無料のインフルエンザ予防接種、マンモグラム、生体内スクリーニングなど。 |
キャンパス内の医療施設へのアクセス | LivingWell HealthCenter、CrossoverHealth Clinicで、予防ケアから理学療法、フルサービスの薬局までアクセスできる。 |
従業員とその家族のためのサポート | メンタル面の健康と幸福をサポートするセミナーとリソースを備えたプログラム「BeWell」への参加。 |
障害者支援 | 障害者インクルージョンプレイブック、障害者関連のコミュニティアクセス、職場へのアクセスが良い宿泊施設を探すチャネルなどのリソースを提供。 |
将来の生活設計のサポート
401(k)プラン | 確定拠出年金。 |
従業員株式購入プラン | 従業員株式購入プランを通じてMicrosoftの株主になると10%の割引が受けられる |
ローン借り換えプログラム | Microsoftの「学生ローン借り換えプログラム」で学生ローンの借り換えにより金利を節約。 |
財務計画および教育プログラム | 財務計画の作成や投資についてサポートが受けられる。 |
グループ法務計画 | 不動産取引や遺言の準備などの法務サービスを支援。 |
従業員としての特典付与
キャンパス内の小売店とサービス | エンターテインメントや食事ができる本社キャンパス内の小売店やサービス。 |
従業員リソースグループ | キャリア開発、ネットワーキング、メンタリング、コミュニティへの参加、文化的活動のサポートなど。 |
ソーシャルクラブとネットワーク | 同じような興味を持つ同僚とのソーシャルクラブとネットワーク |
Microsoft Connectorシャトルおよびバスフリート | レドモンドキャンパスまでのストレスのない通勤を提供する、電源、Wi-Fi付きのバスや電気自動車の充電ステーション。 |
従業員割引 | Microsoft製品の大幅な割引。 |
PRIME割引 | Microsoft PRIMEモバイルメンバーシップによる、ショッピング、食事、旅行、エンターテインメント、自動車ローン、住宅ローンなどの特別割引。 |
ワークライフバランスのサポート
休暇 | 有給休暇15日、有給病欠日10日、有給米国休日10日、パーソナルデイ2日(毎年)。 |
仕事と生活のバランス | 家族のニーズに対応できる柔軟な勤務スケジュール。 |
家族へのサポート
育児休暇 | 養子縁組や里親制度を含め、出産した母親には20週間の有給休暇、他のすべての親には12週間の完全有給の育児休暇。 |
家族介護者が去る | 家族介護のための4週間の全額有給休暇、ワシントン有給家族休暇プランに基づく最大8週間の有給休暇。 |
家族支援プログラム | 養子縁組支援、助成および割引育児、子供、大人、および高齢者のための支援。 |
カレッジコーチプログラム | 子供の大学入学の計画とナビゲート、および資金調達プロセスの支援が受けられるプログラム。 |
個人の成長、キャリアアップのサポート
償還 | 大学の単位取得機関のコースワークがMicrosoftのビジネスに関連している場合の授業料の経済的支援。 |
内部リソース | 技術、管理、財務、および専門的な開発コースを通じてキャリアを向上させる。 |
スピーカーシリーズ | アウトサイドインスピーカーシリーズを通じて、有名なスピーカーから話を聞くことができる。 |
オンサイトライブラリ | 豊富な読書資料を備えたキャンパス内の図書室と読書室が利用できる。 |
社会貢献のサポート
寄付マッチング | 現金または製品をお気に入りの適格な非営利団体に寄付すると、同等の金額(年間最大15,000ドル)を上乗せする。 |
ボランティアマッチング | コミュニティでのボランティア活動を行うと、サービスを提供しする組織に1時間あたり25ドルを寄付。 |
⒊「取引先の従業員の幸福」も追求
サティア・ナデラの「People First」の考えは、自社の従業員にとどまらず取引先の従業員に対しても適用されています。それは、彼がCEOに就任した翌年2015年に、取引先に対してMicrosoftを担当する従業員に最低15日の年次有給休暇を提供するよう要請したことでもわかります。
さらに、2018年にはMicrosoftを担当する取引先の従業員に、最低12週間、週1,000ドルまでの有給の育児休暇を提供するという、有給の育児休暇ポリシーを発表。
これらを実現する場合、取引先だけではなくMicrosoft自体のコストアップにもつながるのですが、Microsoftの従業員だけに手厚い福利厚生が提供されるのでは一緒に働く取引先の従業員のモチベーション向上は望めません。
そのため、取引先の従業員とその家族の生活を豊かにすることが、結果としてその従業員の家庭だけでなく職場にもポジティブな影響があるとしています。
⒋ Microsoftの従業員エンゲージメントの未来戦略
Microsoftは自社の従業員を対象とした調査レポート「The effects of remote work on collaboration among information workers」を2021年9月9日の」Nature Human Behaviourで発表しました。
- 期間: 2019年12月〜2020年6月
- 対象:米国Microsoftの従業員61,182名
- 項目:電子メール、カレンダー、インスタントメッセージ、ビデオ/オーデ ィオコール、平日労働時間
- 目的:コラボレーションとコミュニケーションに対する全社的なリモートワークの影響
※同社は2020年3月から特別な場合を除き全社的なリモートワークに移行しているので、その前後の変化を調査。
調査データの分析により、リモートワークは次のような影響を従業員に与えた可能性があることがわかりました。
- 従業員のコラボレーションネットワークがより静的(減少)になった。
- ビデオ通話などの同期通信が減少し電子メールなどの非同期通信が増加。
- 従業員がより複雑な情報の伝達及び処理が難しくなった可能性がある。
- コラボレーションネットワークがより強力にサイロ(孤立)化した。
Microsoftはこの調査によって、従業員のコラボレーションとコミュニケーションの変化(悪化)は、従業員の共同作業や情報交換をより困難にし、生産性に悪影響を与え、長期的にはイノベーションを脅かす可能性があると予測しました。
ビジネス用SNSの次に来るもの
Facebookの従業員エンゲージメント戦略の記事でも紹介しましたが、マッキンゼー・グローバル・インスティテュートは「ソーシャルメディア」が従業員エンゲージメント強化に有効だと分析しています。
しかし、オンライン・コミュニケーションの文化を持つZoomやFacebookなどの若い企業と異なり、オフィスワークをベースに成長してきた巨大企業が全社的なリモートワークを長期的に導入した場合のリスクが予測されたのです。
この結果は、1億人を超えるユーザーを持つビジネス用SNS「Microsoft Teams」などの活用だけでは、リモートワーク時代の従業員エンゲージメント強化・維持には不十分であることも暗に示しています。
そこで、2021年にリリースしたのが従業員体験プラットフォーム「Microsoft Viva」。サティア・ナデラはMicrosoft Vivaのリリースの中で次のように語っています。
私たちは世界最大規模のリモートワークを実施していますが、それは従業員の体験に大きな影響をもたらしました。あらゆる組織が、研修、コラボレーション、継続学習、成長のための統合された従業員体験を必要としています。Vivaは、Microsoft Teamsの単一の統合体験の中で、従業員の成功に必要とされるすべての要素を最初の段階から組み合わせて提供します。
出典:February 4, 2021 | Microsoft News Center
Microsoftは全社的なリモートワークやオフィスワークとのハイブリットが標準となる、新しい時代の従業員エンゲージメント戦略として、世界トップクラスの福利厚生に加えて新しいテクノロジーの導入で対応しようとしているのです。
まとめ
オフィスワークを中心として発展してきた巨大企業が、新時代の働き方に対応するのは簡単なことではありません。Microsoftの調査レポートは、同社がリモートワーク中心の働き方に転換する場合の課題やリスクを示しています。
その中で、Microsoftは従業員に対する人的サポートから、新しいテクノロジーによるサポートへと一歩踏み出したのです。
ビジネス用SNSの先にあるMicrosoft Vivaが、デジタル時代に向けた従業員エンゲージメント強化の切り札となるか、あるいはさらに新しいテクノロジーが必要となるのかはわかりませんが、復活したMicrosoftの動向からは目が離せません。
<参考>